5話『君を生かすには、嫌われるしかなかった』
「嘘……」
喉が震える。
だって私はまだ何も伝えていない。
好きだと言っていない。
ありがとうも言えていない。
その時――
向かいに座るエミリカが静かに言った。
「知りたい?」
顔を上げる。
「どうしてティベルトがこうなったのか。どうして婚約破棄したのか。どうして貴女を追放したのか」
エミリカは泣いていた。
「全部、あの日から始まったの」
そう言って語り始めた。
《運命の書》が開かれた日のことを――
◇
王城地下。
王家だけが立ち入ることを許された封印書庫。
そこには一冊の本が眠っている。
《運命の書》。
未来を記す禁書。
王家の歴史を支えてきた予言の書。
その日。
国王。
王妃。
王太子ティベルト。
そして王国中枢の重臣達が集められていた。
運命の書に、新たな未来が記されたからだ。
国王がページを開く。
全員が息を呑む。
そこに記されていた未来は。
『婚約者のレティシア・ヴァレンティアは十八歳で悪役令嬢となり処刑される』
静寂。
さらに未来。
『幼馴染のエミリカが王妃となり、王国は繁栄する』
レティシアの名前はそこまでだった。
まるで。
最初から存在しなかったかのように。
信じたくなかった。
何度も読み返した。
書き間違いだと思いたかった。
しかし、その文字は間違いなく書かれていた。
吐きそうになる。
レティシアが死ぬ未来なんてあってはならない。
彼女は誰よりも優しいのに。
誰よりも王国を愛しているのに。
その日の会議は荒れた。
「運命を変えれば王国が滅ぶ」
国王が苦しそうに言った。
「だが変えなければレティシアが死ぬ」
誰も答えられない。
どちらも選べない。
どちらも間違いだ。
しかし。
そこへ一人の男が進み出る。
宮廷魔術師アルディスだった。
「運命は絶対です」
冷たい声。
「未来を変えてはなりません」
さらに貴族達も頷く。
「王国のためなら仕方ない」
「所詮は一人の令嬢」
「国民のために死ぬべきだ」
ティベルトの拳が震えた。
アルディスが言う。
「レティシア嬢なら理解してくださるでしょう。彼女は王国を愛しておられる。自身の命で王国が救われるなら本望ではありませんか」
次の瞬間だった。
「黙れ」
ティベルトの静かな声。
会議室が凍りついた。
「もう一度言ってみろ」
誰も声を出せない。
ティベルトは立ち上がった。
「レティシアは誰よりも王国を愛している!! 誰よりも民を想っている!!」
一歩。
また一歩。
アルディスへ近付く。
「その彼女を犠牲にしなければ続かない王国なら――」
怒りで震える声。
「そんな王国は滅びればいい」
会議室が騒然となる。
「殿下!」
「何を――!」
ティベルトは振り返らない。
「俺は王国が好きなんじゃない」
そして。
「レティシアが愛している王国が好きなんだ」
国王も。
王妃も。
誰もが言葉を失った。
『レティシアはいつも通り笑っていた』
それだけで。
胸が壊れそうになった。
あと一年後には死ぬ。
『何も知らずに』
そんな未来を誰が許せる。
『俺は彼女を守ると決めた』
絶対に。
彼女だけは生かす。
ティベルトは告げる。
「俺が肩代わりします。レティシアは死なせない」
国王が立ち上がった。
「馬鹿なことを言うな!!」
「未来を変える術はある」
「代償があるのは知っているだろ!!」
「構いません」
迷いは一切なかった。
ティベルトが禁忌魔術を発動させる。
国王が叫ぶ。
「やめろ!!」
アルディスも叫んだ。
「失敗すれば命を落としますよ!!」
「構わない」
吐血。
その血が運命の書へ落ちる。
『運命を肩代わりする儀が始まった』
視界が白く染まる。
全身が焼けるように熱い。
それでもティベルトは笑った。
これでレティシアは生きる。
そう思った瞬間。
《運命の書》の文字が書き換わった。
それを見たティベルトが初めて顔色を変える。
『ただし』
『レティシア・ヴァレンティアが王太子の隣にいる限り』
『その代償は成立しない』
『予定通り十八歳で死亡する』
愛し続ければ――
彼女は死ぬ。
だから。
俺は嫌われなければならない……
◇
私は何も言えなかった。
ずっと誤解していた。
嫌われたのだと思っていた。
違った。
あの人は。
私を生かすために。
私に嫌われることを選んだ。
「どうして……」
違う。
本当は知っている。
どうしてそこまでしたのか。
どうして一人で背負ったのか。
どうして私に何も言わなかったのか。
全部分かっている。
ティベルトはずっと変わっていなかった。
変わったのは私だった。
ずっと隣にいたのに。
あの人の苦しみに気づけなかった。
そして初めて認めた。
「私は――」
昔から。
ずっと。
あなただけだった。
だから。
たとえ運命が相手でも。
私はもう。
あなたを離しません。




