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第8話 王子はごみを拾って運を積む

第8話 王子はごみを拾って運を積む


ティカと仲直りをした翌朝、アレンは寝台の中で妙な重さを感じて目を覚ました。春の雨は夜のうちに上がり、窓辺の白い薔薇には透明な雫が並んでいる。枕元ではティカがどんぐりの帽子を胸へ載せて眠り、その小さな足はアレンの頬へ乗っていた。


「おい。俺の顔を寝台にするな」


アレンが人差し指で足を持ち上げると、ティカは目を閉じたまま指へ抱きついた。起こされたくないらしく、羽を畳み、さらに頬を押しつけてくる。アレンは振り払おうとしたが、森へ帰られた昨日のことを思い出し、そのまま指を枕の上へ置いた。


寝室の扉が開き、朝食を運んできた侍従マティアスが足を止めた。銀盆には黒パン、焼いた白身魚、半熟卵、蜂蜜をかけた林檎が載り、温かい魚から香草と焦げた皮の匂いが上っている。指を妖精に抱かれたまま動けない第二王子を見ても、マティアスは顔色を変えず、窓辺の小卓へ食事を並べた。


「何も見るな」


「まだ何も申し上げておりません」


「今、笑っただろう」


「窓から朝日が差しただけでございます」


マティアスは口元を隠すように頭を下げ、部屋を出ていった。その物音でティカが目を覚まし、大きく伸びをする。アレンの指を抱いていたことには気づかず、朝食の林檎を見つけると勢いよく飛び上がった。


「殿下、今日は運を積みに行きましょう!」


「朝から意味の分からないことを言うな。運は積めるものではない」


「積めます。小さなよいことを一つすると、運が一つ増えます。たくさん積めば、断頭台の未来を押し返せます!」


ティカは林檎の端へかじりつき、頬を丸くした。アレンは黒パンを千切りながら、積み上げた運で断頭台を押し返す光景を思い浮かべる。相変わらず理屈は分からなかったが、死の未来を変えられると言われれば、無視することもできなかった。


「具体的に何をすればいい」


「王都のごみを拾います!」


「なぜ王子の俺が、ごみ拾いをしなければならない」


「ごみは下に落ちています。拾うには頭を下げなければなりません。頭を下げるのが苦手な殿下に、ぴったりです!」


アレンは口へ入れたパンを詰まらせた。ティカは悪口を言ったつもりもなく、林檎についた蜂蜜を指で集めている。窓の外では庭師グレゴールが昨日の雨で折れた薔薇の枝を拾い、何本かを花瓶用に切り分けていた。


アレンは断るつもりだった。だが、春の祝祭で自分の馬車が通ったあと、泥の中へパンや露店の板が散らばっていたことを思い出す。その後片づけを誰がしたのか、今まで考えたこともなかった。


昼前、アレンは第六話で使った茶色の上着と、膝に継ぎ当てのある黒いズボンを再び借りた。今回は厩舎の青年へ銀貨を払い、洗濯して返すことも約束する。足元には古い革靴を履き、手には庭仕事用の厚い手袋をつけていた。


ヴィンスも灰色の外套を羽織り、大きな麻袋を二枚抱えている。腰の剣は隠していたが、ごみ拾いへ行くために武装する必要があるのかと、朝から三度ため息をついていた。ティカは自分の体より大きな木の葉を箒代わりに持ち、アレンの肩で張り切っている。


「殿下、本当にお出かけになるのですか」


「断頭台を押し返すためだ」


「何のお話でしょう」


「俺にもよく分からない。ティカへ聞け」


「たくさん拾えば、殿下の運が山になります!」


ヴィンスは説明を諦め、麻袋を一枚アレンへ渡した。空の袋は軽かったが、王子として剣より重いものを自分で持ったことがほとんどないアレンには、肩へ掛けるだけでも邪魔だった。袋の口が何度も顔へ当たり、城門へ着く前から機嫌が悪くなった。


「ごみを拾う者を雇えばいいだろう」


「それでは、雇われた人の運になります」


「俺が金を払うのだから、半分くらい俺の運にならないのか」


「運の横取りはいけません」


「面倒な仕組みだな」


三人が向かったのは、王都の南側にある職人街だった。春の日差しは暖かく、家々の軒先では青や黄色の洗濯物が風に揺れている。窓辺には赤いゼラニウム、薄紫の菫、白い金魚草が植えられ、染物屋の前を通ると酢と草木染めの濃い匂いが鼻へ刺さった。


大通りから細い路地へ入ると、石畳の隙間に藁くず、破れた紙、魚の骨、割れた陶器がたまっていた。壁際には腐った菜の葉が積まれ、蝿が黒い塊になって飛び回っている。アレンは麻袋の口を鼻へ当て、足を止めた。


「これは本当に、手で拾うのか」


「手袋をしていますから大丈夫です!」


「手袋を通り抜けて臭うぞ」


「匂いも運の一部です!」


「そんな運なら要らない」


ティカは木の葉の箒で紙くずを集め始めた。体が小さいため、紙一枚を動かすだけで羽を激しく震わせている。見かねたアレンは屈み込み、紙くずをつまんで麻袋へ入れた。


「一個です! 殿下の運が一つ増えました!」


「これで断頭台が指一本分くらい遠ざかったか」


「紙は軽いので、髪の毛一本分です」


「先に言え。もっと重いものを拾う」


アレンは割れた木箱を持ち上げ、麻袋へ押し込んだ。続いて空き瓶、折れた箒、片方だけの靴を拾う。重いほど運が増えると勝手に考え、道端に捨てられていた壊れた椅子へ手を伸ばした。


「殿下、それはごみではありません」


窓から女の声が飛んできた。二階の窓辺で洗濯物を干していた中年の女が、呆れた顔でアレンを見下ろしている。椅子は脚を乾かすために外へ出していただけらしい。


「壊れているではないか」


「亭主が今夜直すんです。勝手に持っていかないでください」


「紛らわしい置き方をするな」


「人の物を持っていこうとして、逆に怒る人がありますか」


アレンは言い返そうとしたが、ヴィンスから変装中だと小声で止められた。女は窓辺の籠から濡れた布巾を取り出し、パン屑を払ってから干している。アレンは椅子を元の場所へ戻し、今度は持ち主がいないことを確かめてから魚の骨を拾った。


昼が近づくにつれ、路地を通る人が増えてきた。最初は三人を不審そうに見ていた住民も、王都の清掃係だと思い、道を空けてくれる。肉屋の主人は、ごみ置き場はもっと先だと教え、パン屋の老女は売れ残った小さな菓子パンを三つ持ってきた。


「働いた人は食べなさい。今朝焼いたものだから、まだ柔らかいよ」


パンには干し葡萄と砕いた胡桃が入り、表面へ薄く砂糖がかかっている。アレンは代金を払おうとしたが、老女は首を振った。代わりに店先へ落ちた小麦粉の袋を運んでほしいと頼まれ、アレンとヴィンスは二人で倉庫まで運ぶことになった。


「これも運が増えるのか」


「もちろんです!」


「ごみ拾いではないぞ」


「人に喜ばれることなら、何でも運になります」


アレンは粉袋を抱え直した。麻布から漏れた小麦粉が茶色い上着へつき、胸から腹まで白くなる。王子の礼服なら大騒ぎしていたところだが、古い上着は手で払えばそれで済んだ。


休憩のため、三人は路地裏の共同井戸へ腰を下ろした。井戸の周囲には黄色い蒲公英が咲き、洗濯に来た女たちの石鹸の匂いが残っている。ティカは胡桃入りのパンを両手で抱え、ヴィンスは水筒の水を少しずつ飲んだ。


アレンの麻袋には、昼までに集めたごみが半分ほど入っていた。腐った菜の葉の汁が底から染み、革靴へ垂れている。臭いに顔をしかめながらパンを食べると、胡桃の香ばしさのあとから、砂糖の甘さが広がった。


「働いたあとに食べると、おいしいでしょう?」


「城の菓子のほうが柔らかい」


「でも、全部食べましたね」


「腹が減っていたからだ」


ティカが笑い、アレンの口元についた砂糖を指ですくった。昨日のように「俺だけに笑え」という言葉は出てこない。井戸へ水をくみに来た子どもたちへもティカが手を振ると、アレンは胸の奥に小さな引っかかりを覚えたが、そのままパンを噛んだ。


午後は、市場へ続く排水路の周囲を片づけることになった。水路には折れた籠、果物の皮、ぼろ布が詰まり、雨水が流れずに濁った水たまりを作っている。緑色の水面からは腐った卵に似た臭いが立ち、アレンは三歩手前で鼻を押さえた。


「これは民が捨てたものだろう。なぜ自分たちで片づけない」


「ごみを捨てる場所が遠すぎるからでしょう」


ヴィンスは水路の先を調べ、王都の共同ごみ置き場が南門の外に一か所しかないと説明した。荷車を持たない者がそこまで運ぶには、往復で半日かかる。清掃係も王城と貴族街を優先するよう命じられ、職人街へ来るのは月に一度だけだった。


「罰金を重くすれば、捨てなくなるのではないか」


「罰金を払えない者を牢へ入れれば、家族が働き手を失います」


ティカは水路へ詰まった布を引っ張ったが、濡れて重く、びくともしない。アレンが代わりにつかむと、腐った水が袖まで跳ねた。吐きそうな臭いがしたが、手を放せば水路は詰まったままである。


「ならば、捨てるなと命じるだけでは駄目なのか」


「捨てずに済む場所を作る必要がありますね」


ヴィンスが答えると、アレンは力を込めてぼろ布を引き抜いた。せき止められていた水が一気に流れ、魚の骨や木片を押し流す。ティカは喜んで飛び上がったが、泥水をまともに浴び、若草色の服が茶色く染まった。


「ティカ!」


アレンは反射的に彼女を両手で受け止めた。毒草へ触れたときのことが浮かび、羽や手に傷がないか確かめる。ティカは泥水を頭から滴らせながら、歯を見せて笑った。


「殿下とおそろいです!」


アレンも上着と顔を泥で汚していた。春の祝祭でバルトとリオへ泥水を浴びせたとき、自分は馬車の中で服の金糸を気にしていた。外から見れば、今日の自分たちも同じように汚く見えるはずだった。


「泥水は、冷たいな」


「はい。少し臭います」


「おまえはあの日、世界一やさしい王子だと言ったが、本当に見る目がなかった」


「今の殿下は、泥水の中から私を拾ってくれました」


「ごみと一緒にするな」


アレンは袖の比較的きれいな部分でティカの顔を拭った。衣服の汚れは洗えば落ちるが、人へ浴びせた泥水は謝っても消えない。それでも何もしないよりは、汚れた手で一つずつ拾うしかなかった。


排水路の底が見え始めたころ、一人の少年が走ってきた。バルトの息子リオで、今日は荷車へ焼きたてのパンを載せている。小麦税の停止案が提出されたと聞き、父親と一緒に署名を集めていた。


「兄ちゃん、また変装してるの?」


「声が大きい。今日は俺が誰か、黙っていろ」


「その頭なら、言わなくても分からないよ」


アレンの髪には腐った菜の葉が張りついていた。ティカが取ろうとして引っ張ると、髪まで一緒に抜けそうになる。リオは声を上げて笑い、荷車から丸パンを一つ差し出した。


「これは昨日のじゃないよ。今朝焼いたんだ」


「金は払う」


「じゃあ、銅貨一枚。働いて稼いだパンだから、施しじゃないよ」


アレンは銅貨を渡し、温かいパンを受け取った。表面はこんがりと焼け、中へ小さな干し林檎が入っている。甘酸っぱい香りを嗅いだティカが身を乗り出したため、アレンは最初から半分に割った。


リオは詰まりの取れた排水路を見て、自分も手伝うと言った。近くの子どもたちも加わり、木の枝や古い布を拾い始める。肉屋は大きな桶を貸し、染物屋は破れて使えなくなった手袋を持ってきた。


夕方には、職人街の路地から大きなごみ袋が十二個集まった。石畳が見えるようになり、排水路には澄んだ水が流れている。窓辺に干された洗濯物から水滴が落ちても、道の脇へ作った溝を通って流れるようになった。


アレンは集まった袋を見て満足しかけたが、その山をどこへ運ぶのかという問題が残った。南門の外まで持っていくには荷車が必要であり、王城から清掃用の馬車を呼べば正体が知られる。結局、バルトの荷車と肉屋の古い手押し車を借り、全員で運ぶことになった。


「運を積むとは、ごみ袋を積むことだったのか」


アレンは荷車へ袋を積みながら、腕についた泥を手の甲で拭った。袋は見た目より重く、持ち上げるたびに腰へ響く。ティカは一番上の袋へ座り、王子の運が十二袋になったと数えていた。


「これだけあれば、断頭台を押し返せるか?」


「まだ足りません。殿下が三年かけて積んだ悪い運は、もっと大きいです!」


「おまえは時々、笑顔でひどいことを言うな」


「明日も拾えば大丈夫です!」


アレンは露骨に嫌な顔をしたが、もう二度と来ないとは言わなかった。職人街の者たちは、ごみを決められた日に回収してもらえるなら、路地へ捨てずに済むと話している。彼はヴィンスへ、王都に共同ごみ置き場を増やし、週に二度、各地区を回る清掃荷車を出す場合の費用を計算するよう頼んだ。


南門へ向かう途中、袋の一つから小さな木箱が落ちた。蓋は割れ、中には黒い綿と、砕けた青い硝子瓶が残っている。ヴィンスが拾い上げると、箱の底に蝋で押された紋章の一部が見えた。


それは、グランシェル公爵家の紋章に似ていた。しかし剣を囲む蔦の葉が一枚多く、エレノアの家が正式に使っているものとは違う。ヴィンスは笑みを消し、箱から漂う刺激の強い匂いを確かめた。


「殿下、これには触れないでください」


「何の箱だ」


「薬品を運ぶためのものです。それも、施療院では扱わない強い毒物でしょう」


アレンはごみの山を振り返った。箱が落ちていたのは、王城へ食材を納める商会の裏手である。ごみを拾わなければ、腐った菜の葉や壊れた籠と一緒に、明日の朝にはどこかへ運ばれていたはずだった。


ティカはアレンの肩へ飛び、泥のついた頬を寄せた。


「運を積んだから、大事なものを拾えましたね!」


「おまえは、これがあると知っていたのか」


「いいえ。私はごみがたくさんあると思っただけです!」


「やはり偶然ではないか」


「よいことをしたあとに起きた偶然を、運と呼ぶのです!」


アレンは言い返そうとして、口を閉じた。理屈は相変わらず分からなかったが、ティカとごみを拾ったことで、職人街の暮らしも、清掃の仕組みが足りないことも、怪しい木箱の存在も知ることができた。少なくとも、城の部屋で帳簿だけを見ていたら、何一つ気づかなかった。


王城へ戻ったアレンは、泥だらけの姿のまま浴室へ向かった。侍従マティアスは湯を準備しながら、洗濯係が泣くかもしれないと、茶色く染まった上着をつまみ上げる。アレンは厩舎の青年から借りた大切な服だから、捨てずに洗ってほしいと頼んだ。


「かしこまりました。染みが残っても、よろしいのですか」


「構わない。今日働いた跡だ」


マティアスは少し驚いたあと、上着を洗濯籠へ丁寧に入れた。湯船には白い木香薔薇の花びらが浮かび、石鹸からは檸檬の香りがする。ティカは小さな茶碗へ湯を入れてもらい、どんぐりの帽子を洗っていた。


「明日も運を積みますか?」


「明日は、清掃係の予算を組む。それが終わってからだ」


「一緒にごみを拾ってくださるのですね!」


「俺が捨てたごみではないぞ」


「でも、殿下の国に落ちているごみです」


アレンは湯船の縁へ頭を預けた。王族の仕事とは命令することであり、自分の手を汚すことではないと思っていた。けれど、今日拾った袋の重さも、排水路の臭いも、リオから買った温かいパンの味も、手を汚さなければ知ることはできなかった。


「分かった。週に一度だけだ」


「毎日ですね!」


「週に一度と言った!」


浴室にアレンの声が響き、扉の外でヴィンスがため息をついた。彼の手には、職人街で拾った怪しい木箱が布に包まれている。その紋章が、やがて王城を揺るがす陰謀へつながることを、このとき知る者はまだいなかった。


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