↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/11

第7話 俺専属の妖精が、ほかの男に笑いかける

第7話 俺専属の妖精が、ほかの男に笑いかける


小麦への臨時課税を停止する案が国王へ提出されてから、王城の朝は以前より少しだけ忙しくなった。財務官たちは削れる費用を探して帳簿を抱えて歩き、使用人たちは倉庫から売却する宝石や調度品を運び出している。中庭では白い薔薇が咲き始め、風が吹くたび、開いた窓から甘い香りと庭師たちの笑い声が入ってきた。


その変化の中心にいたのはアレンだったが、城の者が親しみを感じ始めた相手は、肩に乗っているティカのほうだった。厨房へ行けば料理人が欠けた胡桃や乾燥させた苺を分けてくれ、洗濯場では侍女たちが余った布で小さな服を作ってくれる。薬草園の庭師グレゴールは、木香薔薇の枝を削り、ティカが腰掛けられる椅子まで作った。


椅子の座面には柔らかな苔が敷かれ、背もたれには不格好な花模様が彫られている。ティカは毎朝その椅子を中庭のテーブルへ運び、城の者たちと一緒に朝食を取るようになった。人間用の皿からパンくずや果物を分けてもらい、食べきれない分はどんぐりの帽子へ入れて持ち帰っている。


「帽子は食器ではない。頭にパンくずを載せるな」


「帽子は、かぶれて、運べて、眠るときは枕にもなります。殿下の宝石より働き者です!」


「俺の宝石をどんぐりと比べるな」


アレンはそう言いながら、ティカの帽子からパンくずを一つ取り除いた。指に蜂蜜がつき、行儀が悪いと思いながら舐め取る。庭の卓上には半熟卵、焼いた茸、柔らかな白パン、赤い苺が並び、朝露に濡れた薔薇の香りへ、炙った腸詰めの煙が混じっていた。


小麦税の停止が決まるまで、アレンは朝食の白パンを一個だけにすると決めている。城でパンを減らしても市場の小麦が直接増えるわけではないが、自分だけ以前と同じように食べるのが落ち着かなかった。二個目へ手を伸ばしかけては引っ込める様子を、ヴィンスは何も言わずに見ていた。


「殿下、食べたいのでしたら召し上がればよろしいのでは」


「要らない。俺は一個で十分だ」


「では、その一個をなぜ三回に分けて皿へ戻しているのですか」


「焼き加減を確かめている」


「私が半分いただきます!」


ティカが白パンへ抱きつき、自分の体ほどある一片を引きちぎった。勢い余って椅子から後ろへ転がったものの、パンだけは放さない。アレンは笑いそうになった口元を紅茶の茶碗で隠し、ヴィンスは庭師から受け取った苺のへたを小刀で切り落としていた。


ヴィンスは朝から城内の警備を見回り、まだ何も食べていなかった。灰色の近衛服には庭の葉が一枚つき、革の手袋には門の錠を点検した油が染みている。彼が苺を半分に切ってティカの小皿へ置くと、ティカは目を輝かせた。


「ありがとうございます、ヴィンス様! とても赤くて、殿下の顔みたいです!」


「俺の顔は赤くない」


「朝、お布団から出たときは、これくらい赤いですよ」


「それは寝室が暑いからだ」


「夜中に私を掛け布団へ入れてくださるからでは?」


アレンは紅茶をむせ、ヴィンスは背中を向けて肩を震わせた。ティカが眠っている間に潰してしまわないよう、枕の横へ小さな籠を置いていることは誰にも話していない。その籠へ寒くないよう毛布を掛けていることも、朝になればティカを自分の手で起こしていることも秘密のはずだった。


「こいつは寝ぼけて、勝手に俺の布団へ入ってくる。俺が入れているのではない」


「では、今夜から自分の籠で眠ります」


「それは……好きにしろ」


言葉とは反対に、アレンの指が紅茶茶碗の取っ手を強く握った。ティカは気づかず、切ってもらった苺を食べようとする。しかし、ヴィンスの皿に果物が何も残っていないのを見ると、自分の苺を両腕で持ち上げた。


「ヴィンス様にも半分差し上げます。お口を開けてください!」


「自分で食べられます」


「手袋が汚れています。はい、あーんです!」


ティカはヴィンスの顔の前まで飛び、苺を差し出した。ヴィンスは少し困った顔をしたものの、断ればティカがいつまでも空中で待つと知っている。身をかがめて苺の半分を口へ入れると、ティカは満足そうに笑った。


その瞬間、アレンの胸の奥へ熱いものが落ちた。野草スープを飲んだときとは違い、苦味より先に苛立ちが喉まで込み上げてくる。ヴィンスがティカから苺を食べたことも、ティカが自分以外の男へあの笑顔を向けたことも、ひどく間違ったことのように思えた。


「何をしている」


低い声が出ると、ヴィンスは口を動かすのを止めた。ティカは残った苺を抱えたまま、きょとんとしてアレンを振り返る。卓上では冷めかけた半熟卵の黄身が皿へ流れ、風に押された薔薇の花びらが一枚、その上へ貼りついた。


「ヴィンス様は朝ごはんを食べていませんでした。ですから、苺を半分にしました」


「食事が必要なら厨房から取ってこられる。おまえが食べさせる必要はない」


「でも、手袋が汚れていました」


「俺専属の妖精のくせに、ほかの男へ愛想を振りまくな!」


アレンの声が中庭に響き、食器を片づけていた侍女たちの手が止まった。グレゴールも剪定鋏を下ろし、白い薔薇の陰からこちらを見る。ティカは自分が叱られた理由を考えたあと、残った苺をアレンへ差し出した。


「殿下も苺を食べたかったのですね。先に聞かなくて、ごめんなさい」


「果物の話ではない!」


「では、ヴィンス様が食べたことが嫌なのですか?」


「そうだ。おまえは俺のために来た妖精だろう。俺の食事を作り、俺の肩へ乗り、俺だけを見ていればいい」


ティカの羽がゆっくり止まった。いつもなら金色の粉をこぼす羽から、光が消えていく。抱えていた苺が指から落ち、白い皿へ柔らかな音を立てて転がった。


アレンは周囲の空気が変わったことに気づいたが、言葉を止められなかった。胸の奥にあるものが何なのか分からず、命令すれば元どおりになると思った。これまで欲しいものはすべて、そうして自分のそばへ置いてきた。


「おまえの笑顔まで俺のものだ。勝手にほかの者へ与えるな」


「私は殿下を愛しています。でも、殿下の持ち物ではありません」


ティカの声は小さかったが、中庭にいた全員へ届いた。彼女はどんぐりの帽子をかぶり、木香薔薇の椅子から自分の荷物を集め始める。胡桃二つ、乾燥苺、侍女が作った若草色の上着を帽子へ入れた。


「どこへ行く」


「森へ帰ります」


「勝手に決めるな。俺は許可していない」


「帰るのに、殿下の許可はいりません」


ティカはアレンを見ず、窓の外へ飛び立った。薔薇の間を抜け、城壁の向こうへ小さな姿が消える。いつもなら尾を引く金色の光は、一粒も残らなかった。


アレンは椅子を蹴るように立ち上がった。木香薔薇の小さな椅子が倒れ、苔の座面へ苺の汁がつく。ティカを追うため庭へ出ようとしたところで、ヴィンスが前へ立った。


「どけ。ティカを連れ戻す」


「どきません」


「俺の命令が聞こえないのか」


「聞こえています。その命令に従えば、ティカ殿は二度と戻らないでしょう」


アレンはヴィンスの胸倉をつかんだ。革鎧から油と朝露の匂いがし、食べかけの苺の赤い汁が口元に残っている。それを見た途端、胸の中の熱がまた大きくなった。


「おまえが、あいつから苺を食べたからだ」


「ええ、いただきました。ですが、私が口を開けたことと、殿下がティカ殿を所有物として扱ったことは別の問題です」


「俺は、あいつがほかの者へ笑うのが嫌だっただけだ」


「欲しい相手を閉じ込めようとするのは、殿下がこれまで民へしてきたことと同じです」


ヴィンスの言葉を聞き、アレンの手から力が抜けた。市場で道を空けさせ、逆らったバルトから罰金を取り、自分の欲しいものを国の金で買っていた。ティカへ向けた言葉も、そのころの命令と何も変わらない。


アレンは倒れた小さな椅子を起こした。苔についた苺の汁を袖で拭いたが、赤い染みは薄く残る。卓上の料理は冷え、白パンの表面も乾き始めていた。


「では、どうすればいい」


「謝罪してください」


「謝れば帰ってくるのか」


「それはティカ殿が決めることです。許すかどうかも、戻るかどうかも、殿下には命じられません」


「では、もし戻らないと言われたら?」


「お受け入れください。それが、相手を持ち物にしないということです」


アレンは腰の剣も外套も持たず、森へ向かった。ティカを連れ戻すと言いかけ、その言葉を何度も飲み込む。城門を出るころには細かな雨が降り始め、白いシャツの肩が灰色に濡れていた。


森へ続く道の両側では、赤紫の躑躅が雨に打たれている。畑では農夫が濡れた洗濯物を軒下へ取り込み、家の煙突からは豆のスープを煮る煙が上がっていた。アレンはパンを食べずに飛び出したことを思い出したが、立ち止まる気にはなれなかった。


「ティカ!」


森へ入ると、湿った落ち葉が革靴へまとわりついた。若葉から落ちる雨粒が首筋へ入り、シャツが肌へ張りつく。鳥の声や枝の軋む音に紛れ、どこかから小さなすすり泣きが聞こえた。


声をたどると、一本の樫の若木の根元にティカがいた。どんぐりの帽子を膝へ載せ、濡れた羽を折り畳んでいる。その木は、幼いアレンが靴の泥を洗うために水をかけた木だった。


「帰れとおっしゃったのに、追いかけてきたのですか」


「追い返そうとしたのは、最初だけだ。今は……違う」


「では、連れ戻しに来たのですか」


アレンはすぐに答えられなかった。いつものように命令すれば、ティカが肩へ戻り、朝になれば野草スープを作ってくれる。だが、それではティカが自分で戻るのではなく、王子の言葉へ従わされるだけだった。


アレンは濡れた地面へ片膝をついた。市場でバルトへ謝ったときより、言葉が口から出てこない。相手が許してくれないかもしれないと考えると、胸の奥が固くなり、指先だけが何度もシャツの裾をつかんだ。


「俺は、おまえがヴィンスへ笑うのが嫌だった」


「なぜですか?」


「分からない。俺の食事を作るのも、枕元で眠るのも、肩に座るのも、おまえは俺にだけすることだと思っていた。だから、それを取られるような気がした」


「ヴィンス様は、私を取ったりしません」


「ああ。悪いのはヴィンスではない。おまえでもない。俺が、おまえを俺のものだと思ったことが悪かった」


ティカは顔を上げたが、まだ笑わなかった。頬には涙の跡と雨粒が残り、若草色の服の裾へ泥がついている。アレンは手を伸ばしかけ、触れてよいか分からず、膝の上へ戻した。


「おまえの笑顔は、おまえのものだ。誰に笑うかも、おまえが決めていい。もう二度と、おまえを俺の持ち物だとは言わない」


「本当に?」


「約束する」


「私がヴィンス様へ苺をあげても?」


アレンの眉が動いた。喉まで「駄目だ」という言葉が上がったが、奥歯を噛んで飲み込む。ティカはじっと彼を見ており、ごまかしは通じそうになかった。


「……おまえが決めたなら、止めない」


「グレゴールさんのお髭で遊んでも?」


「本人が許したならな」


「厨房のお姉さんと一緒に、殿下の苦手な野草を探しても?」


「それはできればやめろ。いや、俺の都合だけでは止めない」


ティカの羽に、かすかな金色の光が戻った。しかし彼女はすぐには飛び上がらず、どんぐりの帽子についた泥を指で拭っている。アレンは雨に濡れたまま、次の言葉を待った。


「殿下は、私にどうしてほしいのですか?」


「俺のそばにいてほしい」


「命令ですか?」


「違う。ただ、いてほしい。俺はまだ、自分が何を間違えているのか、一人では分からない。それに、おまえがいないと朝が静かすぎる。野草スープはなくても困らないが、おまえがいないのは……困る」


「スープも必要です」


「今はスープの話をしていない」


「大切なことです」


「分かった。スープも飲む。だから戻ってくれ」


アレンはそこで言葉を止め、首を横へ振った。戻ってくれと言えば、結局は自分の望みを押しつけることになる。地面へ落ちていたどんぐりを一つ拾い、泥を袖で拭ってから、ティカの前へ置いた。


「俺のそばにいてほしい。ただし、決めるのはおまえだ」


ティカはどんぐりとアレンの顔を交互に見た。雨が若葉を叩き、遠くで鳩が鳴いている。しばらく考えたあと、彼女は両手でどんぐりを持ち上げた。


「はい。では、私が決めて、殿下のそばにいます」


ティカは濡れた羽を広げ、アレンの胸元へ飛び込んだ。アレンは今度こそ両手で受け止めたが、すぐには握らず、逃げようと思えば逃げられるよう掌を開いておく。ティカはその手の上で靴の泥を落とし、自分からアレンの親指へ抱きついた。


「お帰り、でいいのか」


「殿下も一緒に帰るのですから、ただいまではありませんね」


「では、何と言えばいい」


「仲直りです!」


ティカが笑うと、羽から金色の粉がこぼれた。アレンはその笑顔を見て、胸の奥にあった固いものがようやくほどけていくのを感じる。笑顔を所有したいのではなく、この笑顔を向ける相手として、ティカから自分を選んでほしかったのだ。


城へ戻るころには雨が上がり、西の空から赤い夕日が差していた。アレンの白いシャツは泥だらけで、髪からは雨水が滴っている。ティカも羽を濡らしていたが、いつものようにアレンの肩へ座り、森で拾ったどんぐりを大切そうに抱えていた。


中庭では、ヴィンスが冷めた朝食を片づけずに待っていた。卓上の白パンは硬くなり、半熟卵の黄身には薔薇の花びらが張りついたままである。アレンが戻ると、ヴィンスはティカの姿を確認し、短く息を吐いた。


「ヴィンス様、ただいま帰りました。朝の苺のお礼が途中でしたね」


ティカがヴィンスへ飛びかけると、アレンの肩がわずかに揺れた。けれど、彼はティカの足をつかまず、口を閉じたまま見送る。ティカはヴィンスの前まで飛んだあと、くるりと向きを変え、アレンの頬へ口づけた。


「これは、きちんと謝れた殿下へのご褒美です!」


アレンは耳まで赤くなり、頬を手で押さえた。ヴィンスは何も見なかったように硬いパンを切り分け、ティカは木香薔薇の椅子へ腰掛ける。アレンは誰にも顔を見られないよう背を向けたまま、今夜は籠ではなく枕元で眠ってもよいと、小さな声で付け加えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。