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第4話 どんぐりでは買えない公爵令嬢の信用

第4話 どんぐりでは買えない公爵令嬢の信用


薬草園で火傷をしてから三日後、アレンは朝から鏡の前に立ち、五着目の上着へ袖を通していた。寝室の長椅子には、青、赤、白、黒の礼服が脱ぎ散らかされ、絨毯の上では侍従たちが金の飾り釦を探している。窓辺に飾られた薄桃色の芍薬から甘い香りが漂っていたが、アレンは濃紺の礼服と深緑の礼服を交互に胸へ当て、どちらが威厳を感じさせるかヴィンスへ何度も尋ねていた。


「濃紺は知性、深緑は落ち着き、赤は勇敢さを表すと仕立屋が申していた。今日の俺には、どれがふさわしい」


「それらをすべてお持ちでないように見せられる色を、私は存じません」


「朝から主君を侮辱するな」


「では、黒はいかがでしょう。汚れも目立ちません」


ヴィンスは窓際の椅子に座り、冷めた紅茶へ角砂糖を二つ落とした。今朝は胃薬をまだ一粒しか飲んでおらず、それを自分なりの好調だと考えている。公爵令嬢エレノアの馬車が城門を通ったと報告を受けても、彼は慌てず、紅茶の底に溶け残った砂糖を銀の匙でゆっくり潰していた。


アレンは濃紺の礼服を選び、胸元へ大粒の青玉を留めた。右手の包帯は指先だけになっていたが、ティカが差し込んだ赤い花びらは、乾燥しても捨てられず、机の引き出しへしまってある。本人は手が治ったかどうか確かめるために残しただけだと言い張っていた。


「エレノアは俺の婚約者候補だ。いずれ王族になる女なら、王子にふさわしい礼儀を教えておく必要がある」


「グランシェル公爵令嬢に礼儀を教えるのですか」


「何だ、その目は」


「公爵令嬢のほうが、殿下より三年早く礼儀作法を修了したと聞いております」


「黙れ。宝物庫から持ってこさせた品は、もう客間へ並べたのだろうな」


ヴィンスは紅茶を飲み干し、返事の代わりに胃の辺りを押さえた。アレンはそれを了承と受け取り、鏡へ向き直る。ティカがどこにも見当たらないことに気づいたが、野草を採りに行ったのだろうと思い、それ以上は捜さなかった。


グランシェル公爵家の一人娘エレノアは、城の西側にある白薔薇の間へ通されていた。淡い灰青色のドレスには真珠色の糸で鈴蘭が刺繡され、濃い茶色の髪は銀の髪留めで隙なくまとめられている。飾り気の少ない服装だったが、背筋を伸ばして座る姿には、部屋に並べられたどの宝石よりも人目を引くものがあった。


卓上には苺のタルト、胡瓜と香草を挟んだ小さなパン、杏の砂糖煮が並んでいた。紅茶には乾燥させた林檎の皮が入れられ、湯気とともに甘酸っぱい香りが上っている。しかしエレノアは菓子へ手をつけず、膝の上に載せた革鞄の留め金を親指で確かめていた。


「第二王子殿下がお見えになりました」


侍従が告げると、エレノアは立ち上がり、教本どおりの角度で腰を折った。アレンはその完璧すぎる挨拶がかえって気に入らず、わざとゆっくり部屋へ入る。ヴィンスは二人の間に漂う冷えた空気を感じ、扉のそばで革袋の位置を確かめた。


「久しぶりだな、エレノア。婚約者候補として俺に会える日を心待ちにしていたのだろう」


「最後にお目にかかったのは、半年前の国王陛下の祝賀会でした。殿下は私の名前をエレノーラと三度お間違えになりました」


「似たようなものではないか」


「では、殿下のことをアラン殿下とお呼びしても、似たようなものですわね」


アレンは椅子を引こうとした手を止めた。ヴィンスは咳払いで笑いを隠し、侍従は給仕用の銀盆を見つめている。エレノアだけは表情を変えず、アレンが座るのを待ってから自分も椅子へ腰を下ろした。


「今日はおまえに、俺の所有する品を見せてやろう。婚約者候補なら、王族の財力を知っておくべきだからな」


アレンが指を鳴らすと、侍従たちが布をかけた台を運び込んだ。最初の台には、海の向こうの帝国から取り寄せた置き時計が載っている。金色の鳥が一時間ごとに扉から出て羽を広げる仕掛けで、文字盤の周囲には小さな青玉が埋め込まれていた。


「これは王国に一つしかない時計だ。夜中も一時間ごとに鳥が鳴く」


「よく眠れない品ですのね」


「眠るときは侍従に別室へ運ばせる」


「そのために、夜勤の侍従が一人必要になりますわ」


次の台には、親指ほどの大きさがある赤い宝石を飾った首飾りが置かれた。さらに黄金の鐙と手綱、銀糸を織り込んだ馬用の鞍敷きが運び込まれる。アレンは一品ずつ購入先と珍しさを説明したが、エレノアは褒める代わりに、革鞄から細い鉛筆と手帳を取り出した。


「この時計は、どの予算から購入されたのですか」


「王族のための予算に決まっているだろう」


「儀礼費、宮殿維持費、王族個人費のどれでしょう。外国から取り寄せたのであれば、輸送費と関税も必要です」


「細かいことは会計官へ任せている」


「赤い宝石の首飾りは、どなたがお使いになるのですか」


「俺の所有物だ。使い道など、あとから決めればいい」


エレノアの鉛筆が紙の上を滑り、さらさらと乾いた音を立てた。アレンは値踏みされているようで居心地が悪くなり、胸元の青玉へ触れる。自慢するつもりで並べた宝物が、彼女の前では値札をつけられた浪費の証拠へ変わっていった。


「黄金の馬具は、昨年購入されたものですね」


「ああ。俺の白馬によく似合う」


「殿下の白馬は、金属の飾りが重すぎて背中を痛め、今は厩舎で療養していると伺いました」


「あれは馬が軟弱なのだ。別の馬を買えばいい」


「弱ったものを捨て、また新しいものを買う。それが、殿下のお考えなのですね」


アレンは言い返そうとしたが、エレノアの視線を受けて口を閉じた。昨日、厩舎の前を通ったとき、白馬が重い馬具を外され、背へ薬を塗られていた姿を思い出す。飼育係が刻んだ人参を食べさせていたが、馬は半分ほど残していた。


そのとき、廊下の向こうから、何かが陶器へ当たる音が近づいてきた。扉がわずかに開き、その隙間からティカが欠けた小皿を抱えて飛び込んでくる。皿にはどんぐりが三個と、黄色い山吹、白い雛菊、青い勿忘草が載せられていた。


「エレノア様、お待たせしました! 殿下からの贈り物です!」


ティカは満面の笑みでエレノアの前まで飛び、小皿を卓上へ置いた。勢いよく着地したため、どんぐりの一つが皿から転がり落ち、苺のタルトへぶつかる。赤い苺と茶色いどんぐりが隣り合い、給仕の侍女は取り除くべきか迷って手を宙へ浮かせた。


「俺は用意していない!」


「でも、殿下は昨日、黄色い花がきれいだとおっしゃいました」


「言っていない。庭から戻ったとき、黄色い花が上着についていたから取れと言っただけだ」


「黄色い花をご覧になって、お声を出したでしょう?」


「『何だ、この黄色い花は』と言ったのだ!」


「覚えていたのですね。やっぱりお好きなのです!」


ティカは両手を叩き、羽から金色の粉をまき散らした。アレンは頭を抱え、ヴィンスはとうとう顔を壁へ向けた。エレノアは小皿とアレンを交互に見たあと、口元へ白い扇を広げた。


「笑いたければ笑え。これは俺が贈ったものではない」


「笑ってなどおりません。どんぐりを婚約の贈り物になさる方は、王国の長い歴史にもいらっしゃらなかったと思っただけです」


「それを笑っていると言うのだ!」


扇の向こうで、エレノアの肩がわずかに揺れた。普段の彼女は感情を表へ出さず、社交界では氷細工の令嬢と呼ばれている。そのエレノアが笑いを堪えているのを見て、侍女まで唇を噛んだ。


ティカは事情を知らず、椅子の背へ座って自慢げに胸を張った。どんぐりは丸く艶のあるものを選び、野花は朝露が乾いていないものを摘んだという。小皿の欠けた部分には花びらを貼り、指を傷つけないよう工夫までしてあった。


「殿下は恥ずかしがり屋なので、私がお手伝いしました。少し前まで、ありがとうの返し方も知らなかったのですよ」


「ティカ、それ以上しゃべったら野草スープを窓から捨てるぞ」


「殿下は『どういたしまして』も言えるようになりました!」


「聞け!」


エレノアは扇を閉じ、小皿の上の花へ顔を近づけた。勿忘草の青い花びらには朝露が一粒残り、山吹からは青い草の匂いがする。高価な香油も宝石も使われていないが、集めるために小さな妖精が庭を飛び回った時間だけは確かにそこにあった。


「この贈り物は、ありがたくいただきます」


「本当に持って帰るのですか!」


「ティカ様が選んでくださったものですから。殿下からの贈り物とは考えませんので、ご安心ください」


「なぜ、そこで俺だけ除外する」


「俺は用意していない、とおっしゃったではありませんか」


アレンは口を開いたまま固まった。ヴィンスは腹の底から息を吐き、今日は胃薬ではなく笑いを我慢するほうが体に悪いと考え始めている。侍女は冷めてしまった紅茶を新しいものへ替え、苺のタルトからどんぐりをそっと救出した。


エレノアは花の小皿を自分の側へ置くと、革鞄から分厚い帳簿を取り出した。表紙には「第二王子府・年間特別支出」と記され、角は何度も開かれたため白く擦れている。紙の間には小さな付箋が挟まれ、赤い糸で印がつけられていた。


「これは、殿下が昨年一年間にお使いになった費用を、私が調査してまとめたものです」


「勝手に俺の金を調べたのか」


「殿下個人のお金であれば調査いたしません。ですが、こちらの七割は国庫と王領から出ています」


アレンは帳簿を引き寄せ、最初の頁を開いた。宴会、衣装、宝石、馬車、狩猟、外国から招いた楽団への報酬が細かく記されている。数字の横には、それぞれの金額で購入できる小麦の袋数と、養える人数まで書き添えられていた。


春の祝祭前夜祭に使った金貨二千四百枚は、村一つが冬を越すための小麦と薪へ換算されている。黄金の馬具は、王都の施療院で使う包帯三年分に相当した。夜中に鳴く置き時計の輸送費だけで、崩れかけた橋を二本修理できた。


「数字を大きく見せて、俺を責めたいだけだろう」


「では、殿下はこの数字が間違っていると証明できますか」


「会計官へ聞けば分かる」


「ご自分でお使いになった金額なのに、ご自分では分からないのですね」


エレノアは声を荒らげなかった。それだけに、一つ一つの言葉が銀の針のようにアレンへ刺さった。時計や宝石を見せれば彼女が感心すると考えていた自分が、卓上のどんぐりより小さくなったように思えた。


アレンは帳簿の頁を乱暴にめくった。ところどころに自分の署名があったが、何を購入する書類だったか覚えていない。書類を読まず、会計官が指した場所へ署名し、早く遊びへ行こうとした日のことだけは思い出せた。


「おまえは、これを父上へ提出するつもりか」


「その準備をしてまいりました。私は、殿下との婚約をお断りいたします。王家から強制されるのであれば、この帳簿を議会と国王陛下へ提出します」


部屋の空気が止まり、暖炉で薪の割れる音だけが響いた。アレンは婚約を望んでいたわけではないが、エレノアから拒絶されるとは考えていなかった。選ぶのは自分であり、相手は王子に選ばれるのを待っているものだと、疑ったことすらなかった。


「俺が王子だから嫌なのではない。俺がしてきたことで、断るのか」


「はい。殿下が王子であることと、殿下を信用できないことは別の問題です」


「俺が花を贈ってもか」


「その花はティカ様が摘んだものです」


「では、宝石を贈ればいいのか」


エレノアは小皿のどんぐりを一つ手に取り、掌の上で転がした。茶色い殻には小さな傷があり、帽子の部分には乾いた土が残っている。彼女はそれを帳簿の上へ置き、アレンの目をまっすぐ見た。


「どんぐりでも、宝石でも、失った信用は買い戻せません」


「なら、何をすれば買い戻せる」


「それを他人に尋ねている間は、無理でしょうね」


アレンは反論できず、帳簿を見下ろした。隣ではティカがどんぐりを取り戻そうと帳簿の表紙をよじ登っている。何度滑り落ちても諦めず、最後にはアレンの袖をつかみ、持ち上げてほしいと頼んできた。


アレンは無言で左手を差し出し、ティカを帳簿の上へ載せた。ティカはどんぐりを拾うと、エレノアへもう一度差し出す。今度は転がらないよう両手でしっかり持ち、受け取ってもらえるまで待っていた。


「おまえは、俺の何を見に来た」


「自分の悪事を隠す人なのか、知らないふりをする人なのか、それとも初めて自分で確かめようとする人なのか。それを見に参りました」


「それで、どれだと思った」


「まだ分かりません。ですが、以前の殿下なら、その帳簿を暖炉へ投げ込んでいたでしょう」


エレノアはどんぐりを受け取り、野花の載った小皿へ戻した。婚約拒否の決意を変えたわけではない。それでも帳簿の写しを国王へ提出するのは、一月だけ待つと告げた。


「一月の間に信用を買い戻せというのか」


「買うのではありません。積み上げるのです」


「どんぐりのようにか?」


「それよりは、ずっと時間がかかります」


面会が終わり、エレノアは花とどんぐりを持って帰った。黄金の馬具も宝石も時計も客間へ残され、鳥の仕掛けだけが午後三時を告げて甲高く鳴いた。アレンはうるさいと怒鳴りかけたが、夜ごと別室へ運んでいた侍従の顔を思い出し、時計の仕掛けを止める。


卓上には、エレノアが置いていった帳簿が残されていた。紅茶はすっかり冷め、胡瓜を挟んだパンの表面も乾いている。アレンは椅子へ座り、いつもの癖で侍従に片づけさせようとしたが、自分の手で帳簿を開いた。


「ヴィンス。黄金の馬具を売れば、いくらになる」


「状態がよければ、購入額の半分ほどかと」


「半分にしかならないのか」


「金を使うのは簡単ですが、戻すのは難しいものです」


ヴィンスはそれだけ答え、褒めることも先回りして指示することもしなかった。ティカも珍しく黙り、乾いたパンの間から胡瓜を引き抜いて食べている。しゃりしゃりという小さな音を聞きながら、アレンは帳簿の最初の数字へ指を置いた。


「俺が使ったものを、全部調べる。何を売るかも、誰へ返すかも、俺が決める」


「私に、何から始めるべきかお尋ねにならないのですか」


ヴィンスが尋ねると、アレンは顔を上げなかった。最初から他人に答えを聞けば、また自分で考えずに済ませてしまう。紙に並んだ数字の向こうへ、泥のついたパン、弱った白馬、夜中に時計を運ぶ侍従の姿が浮かんだ。


「尋ねない。俺が考えて、間違っていたら、そのとき止めろ」


ヴィンスは革袋から胃薬を取り出しかけ、そっと元へ戻した。ティカは帳簿の隅へどんぐりを一つ置こうとして、もう全部エレノアへ渡したことに気づく。代わりに胡瓜の端を一切れ置き、アレンの肩へよじ登った。


「信用の最初の一個です!」


「胡瓜では積み上がらない。食べ物を帳簿へ置くな」


「では、明日はどんぐりを百個集めます!」


「そういう意味ではない!」


白薔薇の間にアレンの声が響き、廊下の侍従たちが思わず振り返った。いつもの怒鳴り声に似ていたが、その手は帳簿を閉じていない。アレンは一頁目へ戻り、まず黄金の馬具の横へ、売却検討と不格好な字で書き込んだ。


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