六 全国最多タイ
市長レクのあと、地域拠点連携検討チームが正式に発足した。設置の文書は翔太が起こした。所掌事項を三つ書いた。八駅の現状に関する資料の収集と整理。部局をまたぐ課題の洗い出しと所管の整理。翌年度事業の検討。最後に、決定は各所管課と予算の手続きによる、と一行付けた。
榊原はその一行だけを読み直して、判を押した。
会合は第一会議室で行われ、机の上には翔太が集めた資料のほか、関係課が持ち寄った図面や古いファイルが積まれた。最初に取り上げたのは、大浜から届いていた製氷機の修繕要望だった。
旧町時代の資料を追った高梨が、一冊の簿冊を机の中央へ置いた。
「大浜の製氷機、導入した時の記録が出てきたわ」
県の水産振興事業と旧大浜町の施設整備費を使い、荷さばき場へ製氷設備を設置した記録だった。事業費も当時の町の記録と一致している。
「これで所有者は分かりますね」
「そこまでは言えないの」
高梨は綴りの後ろをめくった。
「機器の型式も製造番号も残ってない。引渡しの書類もない。今ある製氷機が、この時に入れたものと同じだと確認できないのよ」
翔太は簿冊と最初の資料整理で見た竣工図を見比べた。記録では荷さばき場への設置になっているが、現在の製氷機は、町が建てた建物ではなくプレハブの側にある。
「途中で替わっている可能性もあるんですか」
「ある。漁協にも確認したけど、いつから今の機械があるのかは分からなかった。台帳にも残ってない」
「じゃあ、所有者が分かるまで、本体の交換はできないんですね」
「そう。ただ、前に話した応急修繕は別。水産振興課で確認して、部品交換なら先に進められることになった」
神谷が要望書を引き寄せた。
「今回の部品交換に市費を使えるかどうかは確認します。ただ、市が修繕費を出したからといって、この製氷機が市の所有物だと決まるわけではありません」
「そこは分けて残します」
寺島は大浜の資料へ目を落とした。
「漁協には、支所から説明した方がいいね。今回は止めないための応急対応で、所有者の確認は続けている、と。市が直したから、次の本体交換も市が持つと思われると話が変わる」
翔太は比較表の所有者欄を空けたまま、備考欄へ三つ書き足した。旧町時代の導入記録があること。現在の機器と同じものか確認できていないこと。部品交換だけを先に進めること。
そのうえで、応急修繕は水産振興課、所有関係の確認は道路管理課と水産振興課、漁協への説明は大浜支所。それぞれの所管へ振り分けた。 交換部品は、水産振興課で手配することになった。
愛宕を同じように見直すと、県の資産を市の委託料で維持している部分を、どちらの費用に数えるのかという問題が残った。道路管理課から回ってきた協定書の写しを並べると、同じ形の負担は別の駅にもあった。小貝では、売場側で対応できる動線の工夫と、市の施設改修として扱う課題が分かれた。汐留は現在の所管に迷いはなかったが、空いた部屋の使い方を変える話になると、商工だけでなく防災や地域利用の担当も加わる。
会合を重ねるうちに、比較表の形も固まっていった。所有、日常管理、市の支出、修繕責任は八駅とも同じ見出しで並べ、条件がそろわないものは、その理由を備考に残した。現場だけでは決められない課題には、確認すべき所管も書き加えた。
大浜の製氷機のように所有関係を追うもの、小貝の施設改修のように担当課へ返せるものは、それぞれ行き先が見えてきた。一方で、小貝の朝の搬入や、倉淵で一人の職人が複数の持ち場を行き来していたことのように、現地で見た仕事や人の動きは、所管を振り分けるだけでは扱いきれなかった。それを市としてどう見るのかは、検討チームの中でもまだ決まっていない。翔太は検討メモの余白に、「八駅を横につなぐ」と書いた。
九月に入ると、翌年度予算の要求準備が始まった。夕方になっても帰る職員は少なく、各課では要求書と積算資料を広げたまま作業が続いていた。印刷室には順番待ちができていた。翔太も、市長レクのあとに自分で起こした検討チームの設置文書を机に出した。所掌事項のうち、八駅の現状に関する資料の収集と整理、部局をまたぐ課題の洗い出しと所管の整理については、まだ確認すべき点はあるものの、進め方は見えている。三つ目の「翌年度事業の検討」だけが、これから形にする仕事として残っていた。
検討チームの作業で、庁内の資料から整理できる範囲は見えてきた。だが、現地で見た施設の使われ方や仕事の流れ、それぞれの駅が抱える個別の問題は、今ある資料だけでは追い切れない。翌年度は、現地確認と聞き取りを通じて、八駅それぞれの実態を確かめる必要がある。翔太は、そのための調査を予算要求することにした。
もう一つ、市長レクで副市長から言われたことがある。九つ目は決まっていない前提でよいが、所信表明で触れた以上、翌年度に何をするのかは示す。使えそうな土地があるかも見ておくよう、その時に言われていた。
翔太は最初、この二つを別の仕事とは考えなかった。八駅をさらに調べ、その結果を踏まえて次に何が必要かを考える。その中に九つ目の可能性も含めれば、検討チームで続けてきた仕事を一つの事業として説明できるように思えた。
ただ、予算要求書には、実際に何を行うのかという事業内容と、そのための金額を書かなければならない。八駅の調査は業務として積算できた。一方、「九つ目の可能性を検討する」というだけでは、何をどこまで調べるのかが定まらず、そのままでは積算できなかった。九つ目の積算を榊原に相談すると、榊原は市長レクを受けて、まず市有地から当たるよう指示した。
「場所を決める話じゃない。要求を組むための当たりでいい。まず市有地を見てみろ」
翔太は財政課の管財担当へ、市が所有し、現在は行政目的に使っていない土地の一覧を頼んだ。
一覧の中から、翔太が旧箱宮市内でまず候補として拾った土地は一件だけだった。市電の路線が交わる交差点の東側で、県道に面し、箱宮大学からも遠くない。今は月極の駐車場として貸している。
資産台帳には、取得年度と取得の目的が並んでいた。目的の欄には「中心市街地整備事業用地」とある。取得は十四年前。その土地を当初の目的に使わなくなったのは合併の年で、欄には取得した時の目的がそのまま残っていた。翔太は添付されていた位置図を複写し、測量や技術検討に必要な額を積むため、関係先へ参考見積を依頼した。
複写した位置図の余白には、県道への接道、市電との距離、大学との位置関係を書き込んだ。まだ、そこに何を置くのかは決まっていない。
要求書では、九つ目に必要な機能と既存八駅との関係、整備の考え方を基本構想で整理し、そのための候補地調査として現況測量と技術検討を行う形にした。候補地を一つ置くと、九つ目の要求書だけが急に具体的に見えた。
「候補地は、やっぱり箱宮側から見るんだね」
寺島は候補地図へ目を落とした。翔太がうなずくと、地図の位置を見直しただけで、それ以上は何も言わなかった。
高梨は候補地図を指で押さえた。
「道の駅にするなら、二十四時間使える駐車場とトイレがいる。市電に近いだけじゃ足りない。まず、この土地で収まるか見て」
翔太は棚から住宅地図を出し、候補地の周囲を開いた。月極駐車場の両側には建物が続いている。
「今の土地だけで、駐車台数を充分に確保できるかですね」
「そう。足りないなら、ここを候補にするところから考え直し」
高梨が要求書へ視線を移した。
「それと、今の書き方だと、道の駅を造る調査と八駅をつなぐ調査が一緒になってる」
翔太は要求書を見た。自分で一つにしたものだった。
「九つ目の駅の中で両方やる想定です」
「なら、その前提で出すことになるわね」
高梨は資料を返した。
翔太は指摘された点を書き込み、その日のうちに要求書を榊原へ見せた。榊原は目的欄まで読み、資料を机に置いた。
「一本でいい。八駅を調べて、その先を九つ目につなげるなら、その方が説明しやすい」
翔太は要求書の目的欄を読み直した。八駅の現状を把握し、その結果を踏まえて九つ目の駅の可能性を検討する。検討チームで続けてきた調査と、新しい拠点の検討を一本につないだつもりだった。 要求書はその形で榊原の確認を通り、提出に向けた準備が進んだ。
九月の末、要求の大枠を市長へ説明する時間が取られた。榊原が候補地の図を信乃の前へ置いた。
「事業の形にするため、候補地を一つ仮に置いています。三枝が管財の台帳から拾った市の土地です」
信乃は市電の交差点を指でなぞり、その位置でしばらく手を止めた。
「ここですね」
「構想の段階の、仮置きです」
信乃は図に書き込まず、要求書へ目を移した。
「場所を決める話ではないんですね」
「はい」
「分かりました。仮置きとして進めてください」
翔太は手帳に、了承、と書いた。
十一月、事業を担当する常任委員会で中間報告を行った。
委員会室は木の羽目板で囲まれ、暖房が入る前なのに空気が重かった。翔太は資料席に座り、自分が作った説明資料を開いた。八駅の現状整理の後ろに候補地の地図、その次に翌年度の調査内容を付けている。
企画政策部長が経緯を説明し、榊原が八駅の調査結果と候補地検討の進捗を報告した。説明が終わると、黒川が手を挙げた。
「箱庭市の道の駅は八つで、全国最多タイです。その市が、さらに九つ目ですか」
声を張ってはいなかった。それでも、資料をめくる音が室内から消えた。
部長は、九つ目の新設を決定したものではなく、八駅の現状を調べるとともに、新たな拠点の可能性を検討するための事業だと説明した。
黒川は資料を何枚かめくり、八駅の現状整理と候補地図の頁を見比べた。
「八駅を今後どう活用していくかを調べることと、九つ目の候補地を調べることが、同じ事業に入っていますね。これは、八駅を調べた結果、九つ目が必要だと判断したということですか」
部長は、そこまでの判断には至っておらず、新設を前提としたものでもないと答えた。
答弁を受けて、黒川はもう一度手を挙げた。
「必要だと判断したわけではない。それでも、候補地の調査まで同じ事業で行うんですか」
部長は、八駅の調査と今後の拠点の検討を一連のものとして整理している、と答えた。
翔太は手元の説明資料を開いた。八駅の現状整理があり、その後ろに中心部の候補地図がある。要求書にも二つの仕事が並んでいた。だが、八駅を調べることから、なぜ候補地を調べることへ進むのか、その間を説明する記述はなかった。
黒川の質疑が終わったあとも、委員会は続いた。翔太は資料を閉じたが、さっきの問いだけが残った。
散会して企画政策課へ戻る頃には、窓の外は暗くなっていた。翔太は自席に着くと、委員会へ出した説明資料ではなく、検討チームで使ってきた比較表を開いた。
所有、管理、市の支出、修繕責任。まだ確かめなければならないことはいくつも残っている。それだけではなかった。現地へ出てから、資料だけでは拾えない仕事や人の動きがあることも分かった。それらは、九つ目を造るかどうかとは関係なく、調べ続けなければならないことだった。
黒川の問いを思い返した時、翔太が先に考えたのは候補地の説明ではなかった。このまま要求全体が止まれば、八駅を調べる仕事まで一緒に止まる。そこは切り離したかった。
翔太は一本の要求書を画面に開いた。八駅の現地確認や聞き取りと、候補地の測量が同じ実施内容の中に並んでいる。一本にまとめた時には、それで一つの事業になると思っていた。
翔太は要求書のファイルを複製し、一方から候補地に関する項目を削った。もう一方からは、八駅の調査に関する項目を外した。
その作業をしているところへ、榊原が来た。
「分けるのか」
「はい。八駅の方は残したいです。九つ目がなくても、この調査は必要です」
榊原は二つの画面を見比べた。
「俺も一本でいいと言ったな」
「僕もそう思っていました」
榊原は少し黙ってから、八駅側の画面を指した。
「二本にすれば、査定も別になる。九つ目の方で止まっても、こっちまで一緒に止まる理由はなくなる」
翔太は八駅側の要求書を保存した。
候補地側には、もとの事業名を残した。もう一方の事業名欄は空いていた。 翔太はしばらくカーソルを見てから、「市内道の駅連携基礎調査事業」と入力した。




