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箱庭市  作者: チケイズム
第一章 九つ目の駅
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二 八通りの帳簿

 最初に届いたのは、倉淵の『赤馬の里くらぶち』の資料だった。

 指定管理者の正式な事業報告書と、その基礎資料として使われた現場の運営記録が入っている。年度の売上や市の指定管理料は報告書で確認できたが、現場の運営記録には、行事や作業ごとの数字が書き込まれていた。設備欄には、倉淵塗体験工房、倉淵塗ギャラリー、直売コーナーとある。

 手書きの運営記録には、印刷された罫線の間へ鉛筆で数字が足されていた。四月の欄に「体験 二十七」。その下へ「皿 八」「箸 十二」「団体 一」。団体が入った日の欄には、案内から実演、売場まで一人で対応したとだけ書かれている。

 最終的な事業報告書には、体験人数や体験料、物販売上がそれぞれ集計されていた。だが、手書きの記録にある数字が、事業報告書のどの項目と対応しているのかは分からない。「皿」と「箸」を足しても、体験二十七にはならない。「団体 一」も、一人なのか一組なのか読み取れなかった。

 翔太は欄外に「記録区分確認」と書いた。


 次に届いた愛宕の資料には、正式名称として『あたご温泉御殿の湯』と記されていた。名称だけを見れば、温泉施設を備えた道の駅に思える。しかし、実際にあるのは足湯だけで、入浴施設はない。

 所有者の欄には県の名があった。駐車場と二十四時間トイレ、道路情報施設は県の資産として登録されていた。市が所有しているのは休憩部分で、足湯の日常管理は観光協会へ委託している。

 翔太は一つの駅に一つの所有者を入れる前提で、八行の枠を作っていた。愛宕は、その前提に当てはまらなかった。


 翔太は道路管理課へ内線をかけた。出たのは、声の低い男性の職員だった。

「愛宕の管理主体は、県と市のどちらで整理すればいいですか」

「一体型ですから、駐車場とトイレと情報施設は道路管理者です」

 答えは早かった。

「一体型、というのは」

「道の駅の造り方が二通りあるんです。愛宕みたいに道路管理者と市町村が分けて整備して、それを一つの道の駅として登録するのが一体型。駐車場もトイレも市町村の側で整備するのが単独型。どちらも普通の造り方で、市内の八駅にも両方ありますよ」

「愛宕が一体型なのは、県道沿いだからですか」

「県道沿いかどうかじゃありません。整備したときに、道路管理者が道路の側の施設を造ったかどうかです。愛宕は県道の改良に合わせて整備しています。県道沿いの単独型もありますよ」

 翔太は、先に届いていた大浜のファイルへ目をやった。

「大浜は」

「単独型です。漁協の建物があった場所に、旧大浜町が建物を整備しました。古いプレハブも一部は店として残っています」

「どの駅がどちらかは、どこで分かりますか」

「登録資料と協定書です。施設台帳も一緒に回しますよ。一体型は愛宕だけじゃありません」

 翔太は礼を言って受話器を置いた。


 表の上で、愛宕と大浜の二つの行を見比べた。どちらも同じ「道の駅」として登録されているのに、整備した主体が違うというだけで、市が所有する範囲はまったく違った。

 迷う話ではなかった。翔太は愛宕の行を三つに増やし、県、市、観光協会を役割ごとに書き分けた。市負担額の欄で、手が止まった。

 トイレを清掃し、消耗品を補充しているのは、愛宕にある市の観光協会の職員だった。その費用は、市から協会へ支払う管理委託料に含まれている。県の資産を維持するために、市が払っている。

 その管理委託料を県所有分の行へ入れれば、市の支出が県の費用に見える。市所有分の行へ入れれば、市が所有していないトイレの清掃費が市の施設費に見える。役割ごとに行を割ったことで、かえってどちらにも置けなくなった。

 翔太は大浜の行へ目を移した。一行で足りていた。

 同じ表の中で、愛宕は三行、大浜は一行になった。八駅を縦に並べるはずの表が、駅ごとに高さの違う塊になり始めていた。


 大浜の資料は、修繕要望書と一緒に届いていた。正式名称は『大浜さかなセンター』。建物、駐車場、トイレは市が所有し、漁業協同組合が指定管理者として鮮魚売場と浜焼きバーベキューテラスを運営している。

 指定管理料、市が直接支出した修繕費、漁協の売上と管理経費は、それぞれ確認できた。

 要望書には、製氷機の更新が必要だとあった。冷却能力の低下、部品供給の終了、夏期の衛生管理への懸念。概算費用の資料も添付されている。同じ文面の要望書が前の年度にも付いていて、回答欄は空いたままだった。

 去年の夏に一度止まり、二日間、氷を外から運んで凌いだとある。要望書の日付は五月。今年の夏は、もう始まりかけていた。ところが、製氷機が誰の資産なのかを示す番号がない。

 漁協は、開設時に旧町が入れたものだと思うと言う。水産振興課は、県の水産振興事業を利用して導入した可能性があると答えた。しかし、市の資産台帳にも、漁協の固定資産台帳にも載っていない。

 竣工図では、製氷機が置かれているのは町が建てた建物の側ではなく、以前からあるプレハブの側だった。なぜそちらに付いているのかは、図面には書かれていない。

 漁協も水産振興課も、自分のものではないと言い切ったわけではなかった。記録がない。相手のものかもしれない。その間も、製氷機は氷を作り続けている。

 合併時の資産移管から漏れたらしい一台を、市が直すのか、漁協が直すのか。水産振興施設の修繕なのか、指定管理施設の維持管理なのか。比較表へ「製氷機老朽化」と入力しただけでは、問題の大半が消えてしまう。


 汐留の『しおどめ海風テラス』のファイルは、ほかの駅より資料が整っていた。竣工図、設備仕様書、各室の床面積、電源容量、通信設備、空調能力。市の直営施設だけあって、建物について分からないことは少なかった。

 ところが、右端へ回した施設機能の列を埋めようとすると、手が止まった。テクノ産業展示ホール、企業PRブース、マルチメディア室。設備の名前を書き写せば、欄は埋まる。ただ、同じ列には倉淵塗体験工房も、バス待合いの地域生活掲示板も入っている。体験料を生む設備と、何も生まない掲示板が、同じ列に並んでいた。

 利用者数の列も同じだった。施設へ立ち寄った人の数と、展示室へ入った人の数は、別の様式で記録されている。どちらの数字を書いても、ほかの七駅と同じ意味にはならない。


 小貝の『こがいアグリパーク』の事業報告書には、年間売上、利用者数、市の指定管理料、職員数が記されていた。売上も利用者数も堅調だった。運営主体は、合併時に再編され、市も一部出資する第三セクター。駅長と数名の職員、パートを雇用し、レジ、接客、清掃、売場管理を行っている。

 地域には出荷者協議会があり、出荷者は農産物や加工品を自分で搬入し、値付けや補充、売れ残りの回収をする。第三セクターは手数料、品質基準、出荷規程、売場方針を決める。

 別紙には、売場レイアウトとレジ周辺の動線の見直しを検討した記録が付いていた。一方、朝に商品が集中するバックヤードと搬入口の狭さも問題になっているらしい。こちらは配置だけでは解決できず、市との協議が必要な施設改修として要望書が上がっていた。

 翔太は修繕状況の列に「売場動線見直し」と入れかけて、消した。検討記録は運営側の会議で作られたもので、要望書は市へ宛てたものだった。同じ一行に置けば、どちらも市が抱えている修繕のように読める。翔太は小貝の欄を二行に分け、それぞれどこから出た文書なのかを書き添えた。


 『杜戸発酵の里』の事業報告書は、情報発信事業の説明だけで八ページあった。

 発酵文化資料展示室、日本酒セレクトコーナー、仕込み水試飲場。地域の酒蔵の歴史、展示更新、講座の開催、パンフレット配布数。収支と市の負担額は確認できる。

 ところが、利用実績の列で詰まった。資料にある数字は、展示室の観覧者数、講座の参加者数、パンフレットの配布数、酒蔵からの出荷本数。どれも杜戸の実績ではある。ただ、直売所の利用者数や倉淵の体験人数と同じ列へ置いた瞬間、何を数えた数字なのかが分からなくなる。翔太は四つとも書き写し、どれを採るかは決めずに置いた。


 『出野みのり館』の事業報告書には、直売部門と食堂の売上、路線バスの利用状況、地域生活掲示板の更新回数が記されていた。

 施設利用者数も記されている。ただ、売場や食堂を利用せず、バスを待つために立ち寄る人や、掲示板だけを見に来る人をどこまでその数字に含んでいるのかは、報告書だけでは分からなかった。


 霞の『かすみ高原の森』は、木工体験学習館と霞材展示ルームを持ち、施設の運営は地域の運営協議会が担っていた。

 一方、別の資料には、市が負担した散策路の補修や倒木処理の記録が付いていた。道の駅の運営費と、周辺環境を維持するための支出は、同じ帳簿には入っていない。道の駅の建物だけを抜き出せば、数字は小さくなり、ほかの駅と比較しやすくなる。翔太は森林管理費を含めるか決められず、欄外へ残した。


 四日目、翔太の比較表は注釈で埋まり、行数は八を越えていた。

 愛宕のように行を割れば、持ち主や役割の違いは書き分けられる。割ること自体は難しくない。難しいのは、割り方が駅ごとに違うことだった。愛宕は役割で三つに割れる。大浜は一行で足りる。霞は、道の駅の建物と周辺の森で割らなければ費用が出てこない。行を割るほどに、どの行とどの行を見比べればよいのかが分からなくなった。

 数字がないのではない。それぞれの数字が、別の問いに答えていた。注釈を小さくすれば、一枚に収められる。


 翔太は印刷プレビューを開いた。ページ数は二と出た。文字サイズを九ポイントから八ポイントへ落としても、まだ一枚には収まらない。余白を削り、七・五ポイントまで下げると、どうにか横一枚になった。

 画面から少し離れると、文字が灰色の帯に見えた。一週間で一枚へ並べる。それが引き受けた仕事だった。注釈だらけの表や、二枚にまたがる資料を出せば、整理能力がないと思われるかもしれない。

 翔太は大浜の製氷機の所有者欄へ、「漁協」と仮入力した。使用し、日常の点検をしているのは漁協だ。現時点では最も可能性が高いように思えた。


 カーソルを次の欄へ移しかけたところで、榊原が机の横に立った。

「漁協所有で確定したのか」

「未確認ですが、現在使っているのは漁協です。現時点では可能性が高いかと」

 榊原は画面にあるその二文字を指した。

「消せ」

 翔太の手が、キーボードの上で止まった。

「注釈に未確認と入れます」

「推定を事実の欄へ入れるな」

 翔太は「漁協」を削除した。空欄が残る。

「一枚にまとめるよう言われました」

「一枚なら、間違っていていいのか」

「そういう意味ではありません。ただ、これでは何も整理されていないように見えます」

 榊原は画面をしばらく見た。

「推定で埋めるのは整理じゃない。分からない欄は、空欄のまま出せ」

 翔太は印刷設定を開き、文字を九ポイントへ戻した。一枚だった表は二枚になった。


 翌週の月曜日に、榊原の確認を受けた二枚の基礎整理資料を持って、翔太は榊原と企画政策部長の席へ向かった。

 期限には間に合った。表紙の右上には、「暫定」と赤字で入れた。

 市の支出額は把握できるが、駅ごとに含まれる範囲が異なる。利用者数の集計方法は統一されていない。所有、日常管理、費用負担、修繕責任を一つの欄へまとめることはできない。

 部長は二枚を並べて読み、最初に尋ねた。

「結局、八駅全体でいくらかかっているんだ」

「市が支出した金額は集計できます。ただ、現在の表では同じ範囲の費用として比較できません」

「一週間調べて、比較できないという資料か」

 翔太は、返す言葉を用意していた。

「何が比較できないかを整理した資料です」

 部長は二枚目の注記を指でたたいた。

「なら、次は何をそろえれば比較できるか出してくれ。駅ごとに物差しを変えたら、市の資料にはならん」

「はい」

「その前に、なぜ違うのかも確認しろ。合併前の経緯まで必要だ」

 部長の席を離れた時、翔太の手には、一枚にまとめるはずだった資料が、二枚のまま残っていた。

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