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箱庭市  作者: チケイズム
第二章 赤馬星
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四 昔の小物

 試作が七体になった頃、大隅が工房へ来た。乾燥棚の前で足を止め、腰をかがめて端の一体を横から見た。そのまましばらく何も言わなかった。

「本気だったのか」

「本気です」

「赤馬を?」

「はい」

 大隅は一体へ手を伸ばした。

「まだ触らないでください」

「乾いてないのか」

「上塗りしたばかりです」

 大隅は手を引っ込め、並んだ赤馬を順に見比べた。塗りたての漆の匂いが、工房に薄く残っていた。

「昔の小物を、道の駅の顔にする気か」

「昔のまま出す気はありません」

 大隅は返事をせず、首の形が違う二体を見比べていた。

 匠は作業の手を止めた。

「大隅さんも、赤馬を知っていたんですか」

「知ってる」

「どうして最初に言わなかったんですか」

「何を」

「小物を考えろと言った時です」

 大隅は棚の前から動かなかった。

「今さら赤馬とは思わなかったからだ」

「だから、作り直してるんです」

「おまえには、違いがわかるんだろうな」

 そこで初めて、大隅は匠を見た。

「買う側にも、その違いが伝わるのか」

「そこまでは、まだ考えきれていません」

「なら、値段は?」

「まだです」

 大隅が乾燥棚の縁へ手をかけた。

「何体作るつもりだ」

「それも、まだ」

 棚の上の赤馬は、どれも同じ方を向いて並んでいた。七体で、乾燥棚の一段をほとんど塞いでいる。

「漆はいくらでも使えるわけじゃないぞ。寅蔵さん、また膝が悪くて山を休んでる」

「またですか」

「八十を越えてる。しばらく山には入れんそうだ」

 匠も一度、寅蔵について山へ入り、漆掻きを習ったことがあった。幹へ細い傷を入れ、にじんだ漆を掻き取る手は、目で追いきれないほど速かった。それでも一本の木から採れるのは、牛乳瓶一本ほどしかない。

「寅蔵さんだけじゃない。漆掻きの刃を打てるのも、今じゃ平六さんだけだ」

「平六さんは、まだ仕事してるんですか」

「ああ。ただ、去年の秋に車をぶつけてから、家族に運転を止められてる。あの人もいい歳だからな」

 漆を掻く人と、その刃を打つ人。匠も二人の仕事は知っていた。だが、赤馬をまとまった数で作るなら、どれだけ漆が要り、その分を誰が用意できるのか。そこまでは、まだ考えていなかった。

 大隅は棚の上へ目をやった。赤馬は裸のまま並び、箱も値札もない。道の駅のどこへ置くかも決まっていなかった。

 大隅が鼻で息を吐いた。

「何も決まってないじゃないか」

「形を決めてるんです」

「形だけ決まった物を商品とは言わん」

 腹が立った。だが、言い返せる数字が一つもなかった。

「じゃあ、大隅さんならどうします」

「知らん」

 匠は顔を上げた。

「知らないんですか」

「赤馬を売ろうとしてるのはおまえだ」

「そこは教えない?」

「俺は赤馬に反対してる」

「便利ですね」

 大隅は赤馬から目を離さなかった。

「おまえもな。反対されると、相手に答えを出させようとする」

 匠は黙った。大隅は戸口へ向かった。

「決めろ。決めた後なら、悪いところはいくらでも言ってやる」

 大隅が帰ったあと、匠は手を洗い、作業帳を開いた。鉛筆の先が丸くなっていたので、小刀で削ってから書き始めた。


  赤馬一体の木取り。

  削り。

  下地。

  研ぎ。

  塗り。

  乾燥。

  仕上げ。


 赤馬には、椀のように決まった寸法も手順もまだなかった。匠は七体を作るまでにかかった日数を書き出した。首を削り直した時間は記録していない。脚の太さを変えた分も同じだった。

 椀と盆の注文控えを開き、作業日を照らし合わせた。赤馬を乾かしている間は、乾燥棚の一段が使えない。まとまった数を作るなら、ほかの仕事との順番も決める必要がある。

 一日に完成する数だけを見れば少ない。工程をずらせば、まとまった数は作れる。ただし、今の形では細部の削りに手がかかりすぎた。刃物を入れる順番も、まだ一体ごとに違っている。

 漆の必要量を書く欄を足した。数字はまだ入れられなかった。

 価格を書いた。消した。もう一度書いた。数字の上に数字が重なり、紙の同じ場所だけが黒くなった。

 安くすれば手間に見合わない。高ければ、百貨店の椀と同じように棚へ戻る。


 夜になって義一が来た。

「大隅さんが来たそうだな」

「何でも早いですね」

「さっき電話があった」

「何て?」

 義一は乾いた試作へ目をやった。

「匠が面倒なものを始めたって」

 手には取らず、少し身をかがめ、正面と横から確かめた。

「父さんも昔の土産物に見えますか」

「見せ方次第だ」

「また建築の話ですか」

「建築も同じだ」

 義一は工房の天井を見た。

「古い梁を一本残しただけなら、ただの飾りだ」

 匠は天井から、乾燥棚の赤馬へ目を戻した。

「赤馬に梁はありません」

「例えだ」

「わかってます」

 義一が少しだけ眉を上げた。

「俺は物の売り方は専門じゃない」

「でしょうね」

 義一は道の駅の図面を作業台へ広げた。

「明日、売り場とサインの打ち合わせがある。外のデザイン事務所も来る。大隅さんは椀と盆を持ってくる」

 義一は赤馬を見た。

「それも持ってこい」

「まだ試作です」

「試作でもいい。置く場所の話はできる」

 匠は返事をしなかった。

「おまえが来なければ、赤馬を置く場所は誰も考えない」

「俺が行って、何を言うんですか」

「それを考えるための打ち合わせだろ」

 義一は図面を持ち直した。

「嫌なら来なくていい。その代わり、後から棚が悪いとは言うな」

 翌日、役場へ向かう前に、匠は打ち合わせへ持っていく試作を一体選んだ。七体の中で、いちばん形がまとまって見えるものだった。

 布で包み、鞄へ入れかけて手を止めた。これが売れた時も、同じように布で包むのだろうか。

 匠は包みを見たまま、しばらく動かなかった。

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