↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のクラスメイトになりたかった先輩は、留年したそうです。  作者: うにゃぴ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

16話:先輩との出会い④

 職員室の奥の会議用の机で、動画は何度もくり返し再生された。


 2年の学年主任の先生が、眉間にしわを寄せて腕を組む。


「……しかし、今は動画なんて、いくらでも作れるでしょう。ほら、ディープフェイクとかいう」


「そうですよね。椎名くんが、自分で加工したものかもしれないし」


 別の先生が、俺のほうをちらりと見ながら言った。ほかの先生たちも、うなずき合う。俺は会議机の端で、小さくなっていた。


 やっぱり、信じてもらえないのか。


 そう思いかけたとき、榊先生が机をバンと叩いた。


「時計を見てください」


 榊先生は、画面の上のほうを指さした。


「12月10日、17時43分。最終日の前日です。机の配置も、黒板の上の時計も、あの教室のままだ。わざわざこんなものを作るほうが、よっぽど手間でしょう」


 動画の中は暗かったけれど、窓からのわずかな明かりで、3人の顔はぎりぎり見分けられた。2年の担任の先生の一人が、画面に顔を近づけて、小さく「……うちのクラスの子だ」とつぶやく。


 榊先生は、そこで一度言葉を切って、先生たちの顔を順番に見た。


「それに、疑うなら、この3人の筆跡を取ればいい。カンニングペーパーの字と比べて、似ていれば、それで決まりです。動画もあるわけですから、証拠としては十分でしょう」


 職員室が、しばらく静かになった。


 学年主任の先生は、腕を組んだまま、もう一度だけ画面に目を落とした。


「……そうですね。まずは筆跡を確認してみましょう」


 ほかの先生たちも、今度は黙ってうなずいた。


 それから学年主任の先生は、俺のほうに顔を向けた。


「……それで、椎名くん。君は、どうしてこの時間に、2年の教室のロッカーにいたのかな」


 一番聞かれたくないことを、一番まっすぐ聞かれた。


「……榊先生の補習から逃げて、追いかけられてたんです。どこかに隠れようと思って、たまたま飛びこんだのが、あの教室でした」


 職員室が、一瞬しんとした。それから、何人かの先生が、こらえきれないように小さく吹き出した。


 次の瞬間、横から伸びてきた手が、俺の頭をがしっとつかんだ。


「こいつが補習から逃げた件は、私があとでしめておきます」


 榊先生はそう言いながら、俺の頭をぐいっと下げさせた。首の骨が折れそうな勢いだった。頭を下げたまま横目で見ると、榊先生は今日いちばん怖い顔で、俺をにらんでいた。


 それでも、職員室の空気は、さっきまでとははっきり変わっていた。



 それから2日後。


 先生たちの話し合いの結果、あの動画は正式な証拠として認められた。久遠寺先輩のカンニングの疑いは晴れて、自宅待機も解除された。


 学校のうわさは、まるでひっくり返したみたいに中身を変えていた。


「久遠寺先輩、はめられたんだって」


「やったの、同じクラスの女子3人らしいよ」


「証拠の動画があったって」


「え、誰がそんな動画撮ってたの?」


「さあ。たまたま居合わせた人がいたんじゃない?」


 誰が動画を撮ったのかは、どこにも出てこなかった。俺が榊先生に、名前は出さないでくださいと頼んだからだ。目立つのは、どうにも苦手だった。


 3人の女子は、無期限の停学になった。


 一方の俺はというと、期末テストの結果がさんざんだったうえに、補習から逃げた罰もあって、冬休みに入るまで毎日、放課後に居残りを命じられていた。榊先生いわく、「しめておく」の中身がこれらしい。しかも、日本史だけじゃない。国語、数学、英語と、プリントは教科ごとに山になって配られた。


 その日の放課後も、俺は1年の教室で、一人でプリントの山に向かっていた。


 暖房のききすぎた教室は、眠るにはちょうどいいあたたかさだった。数学のプリントの数字が、だんだんにじんで見えてくる。まぶたが重い。シャーペンを持った手が、机の上で止まる。


 眠気に耐えきれなくて、俺は目を閉じた。


 どれくらい、そうしていたのかはわからない。誰かに見られているような気がして、重たいまぶたを持ち上げた。


 目の前に、本当に誰かがいた。


 俺の前の席の椅子に、後ろ向きに座っている。背もたれの上に腕を重ねて、その上にあごをのせて、じっとこっちを見ていた。ぼやけた視界が少しずつはっきりしてくると、長い髪と、女子の制服が見えてくる。女の人だ。


「……ん」


 まだ半分、夢の中にいるような気分だった。誰だろう、と思う。クラスの女子ではない。こんなにきれいな人は、うちのクラスにはいない。


「……誰?」


 寝ぼけたまま、口から出たのは一言だけだった。


 その人は、何も答えずに、くすっと小さく笑った。


 腰まで届く黒髪が、肩からさらりとこぼれる。長いまつげ。少し茶色がかった瞳。


 あれ。


 この人、どこかで見たことがある。


「君が、椎名朔也くん?」


「……はい、そうですけど」


 名前を呼ばれた、その声で、頭の奥に引っかかっていたものがほどけていく。渡り廊下ですれ違った、あの日の記憶。うわさで何度も聞いた名前と、目の前の顔が、ようやく一つにつながった。


 この人は、久遠寺紗月だ。


「く、久遠寺……先輩?」


「そうだよ」


 なんで、この人がいるんだ。それにここは、1年の教室だぞ。


 そう思った次の瞬間、いきなり手をつかまれた。


 久遠寺先輩は背もたれから身を乗り出して、机の上の俺の手を、両手でぎゅっとにぎっていた。細くて、少しだけ冷たい手だった。いきなりすぎる展開に、眠気が一気にどこかへ飛んでいく。


「君が、私を助けてくれたんだよね?」


「……誰かと、勘違いしてませんか」


 反射的に、そう答えていた。名前は出さないでくださいと、榊先生に頼んだのは俺だ。ここで認めたら、全部意味がなくなる。


 けれど、久遠寺先輩は首を横に振った。


「榊先生から、もう全部聞いてるよ。証拠の動画を出してくれたの、椎名くんなんでしょう?」


 あの人、名前は出さないでくれって頼んだのに。よりによって、本人に話してるじゃないか。本当に、余計なことしかしない。


 ここまで知られているなら、今さらごまかしても意味がない。


「……え、ええ、まあ……そうですね……」


 観念して、俺はしどろもどろに答えた。


「本当に、ありがとう!」


 久遠寺先輩は、にぎった手にもう一度力をこめて、まっすぐ俺の目を見た。


「椎名くんは、私の恩人だよ!」


 そう言って、久遠寺先輩は満面の笑みを浮かべた。目を細めて、ほっぺたが少し赤くなるくらい、心の底からうれしそうな笑顔だった。うわさの中の「学年1位」でも「高嶺の花」でもない、ただ素直に喜んでいる、ひとりの女の子の顔だった。


 近くで見ると、本当にきれいな人だった。うわさでしか知らなかった人が、今、俺の手をにぎって、俺の名前を呼んでいる。


「……別に、いいですよ。目の前で誰かが理不尽な目にあうのは、許せないんで」


 言ってから、急に照れくさくなって、俺は目をそらした。それ以上は、何も言えなかった。


 それが、久遠寺紗月という人と、初めて言葉を交わした日だった。



   ◇



「……こうして残ってると、あの事件のこと、思い出すね」


 先輩の声で、我に返った。


 窓の外は、さっきよりも赤くなっている。先輩はシャーペンを指先でくるりと回してから、俺の顔を見た。


「先輩もですか。俺も、ちょうど同じこと思ってました」


「そうなの?」


 先輩は、少しだけ目をまるくしてから、うれしそうに笑った。


「ふふ。私たち、同じこと考えてたんだね。あの日は、私にとって大事な日だもん」


 それから、先輩はふっと真面目な顔になった。


「ねえ、朔也くん」


 いつも俺の名前を呼ぶときの、からかうような甘い声とは、少し違っていた。


「……どうしました、先輩」


 先輩は、すぐには答えなかった。持っていたシャーペンを、ノートの上にそっと置く。それから、まっすぐ俺の目を見た。


 夕日を受けた茶色がかった瞳が、まばたきもせずに俺をとらえている。いつもなら、ここでいたずらっぽく笑うはずの口もとが、きゅっと結ばれたままだった。冗談を言うときの顔じゃない。そのことだけは、俺にもはっきりわかった。


「私が留年した本当の理由……朔也くんなら、わかるよね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。