15話:先輩との出会い③
期末テストが終わった、次の日の放課後だった。
結局、俺は何もしないまま、その日の授業を終えた。いつもどおりカバンを肩にかけて教室を出ると、廊下のあちこちから、カンニング事件の話が聞こえてくる。「停学になるかもしれないらしい」とか、「全科目0点になるらしい」とか、どれも同じような話ばかりで、聞きたくなくても勝手に耳に入ってきた。
昇降口へ向かう階段を下りていると、上の階から笑い声が降ってきた。
「久遠寺、自宅待機なんでしょ?」
「調査中だから、処分が決まるまで、学校来れないらしいよ」
「次、3年なのにね。推薦とか、もうもらえないでしょ。努力が全部パーじゃん。ほんと、ざまあみろだよね」
「気分爽快だね」
足が止まった。
踊り場の上から下りてきたのは、2年の女子3人だった。明るいところで顔を見るのは、これが初めてだ。それでも、声でわかる。ロッカーのすきまから聞いた声と、まったく同じだった。
3人は俺のことなんて気にもとめずに、笑いながら横を通りすぎていく。周りの生徒たちは、ただのうわさ話だと思って、誰も気にしていない。
あの3人が、何に対して「気分爽快」なのか。本当の意味がわかるのは、たぶん、この学校で俺だけだ。
笑い声が、階段の下へ遠ざかっていく。
腹の底のほうが、じわじわと熱くなってきた。
あの笑い方には、覚えがある。昔、俺に濡れ衣を着せた連中も、きっとあんなふうに笑っていた。何も知らない顔をして、俺のいないところで。
面倒なことには、関わりたくない。今でもそう思っている。でも、あの3人がこのまま笑って過ごすのは、どうしても我慢ならなかった。
「……ふざけんな」
俺は回れ右をして、階段を駆け上がった。
職員室に榊先生はいなかった。近くにいた先生に聞くと、「榊先生なら、さっき外に出ていったよ」と言われた。外、というのが何を意味するのかは、だいたいわかる。
校舎の裏にある、古いベンチと灰皿だけの喫煙所。そこに、榊先生はいた。白い息とたばこの煙を、同じくらいの量で吐き出している。
「どうした、椎名。今日は補習なんてないから、さっさと帰ったほうがいいぞ」
「……帰ろうとはしてたんですけど。その前に、先生に見てほしいものがあるんです」
俺はスマホを取り出して、あの動画を再生した。暗い教室、窓ぎわの机、しゃがみこむ3人。それから、黒板の上の電波時計。
榊先生の手から、たばこの灰がぽろりと落ちた。
30秒の動画が終わるまで、榊先生は一言もしゃべらなかった。終わってからも、しばらく画面を見つめたままだった。
「……椎名」
「はい」
「でかしたぞ」
榊先生は、たばこを灰皿に押しつけて、俺の頭を乱暴にわしわしとなでた。
「私もな、久遠寺がそんなことをするとは思ってなかったんだ。あのカンニングペーパー、字が久遠寺の字と全然違う。でも、テストの最中に机の下から出てきた、ってこと自体が問題になっててな。字が違うくらいじゃ、ひっくり返せなかった」
「じゃあ、この動画があれば、久遠寺先輩がカンニングしてないって、証明できますよね」
「ああ。これなら、ひっくり返せる」
榊先生は、ジャージのポケットにたばこの箱をねじこんで、立ち上がった。
「来い。職員室で、ほかの先生にも見せる」
言い終わるより早く、榊先生の手が俺の首根っこをがしっとつかんだ。そのまま、有無を言わせず校舎のほうへ引っぱっていく。
「うわっ……ちょ、先生、苦しいです! 首、首しまってますって!」
制服のえりが喉もとに食いこんで、まともに息ができない。じたばたと足をもつれさせながら訴えても、榊先生は振り返りもしなかった。俺は半分引きずられるようにして、職員室まで連れていかれた。




