14話:先輩との出会い②
2年の教室の、掃除用具のロッカーの中。俺は息をひそめたまま、すきまの向こうをじっと見ていた。
机の下にもぐりこんだ1人が、天板の裏に紙を押しつけている。残りの2人は、扉のほうを気にしながら、声をひそめて話していた。
「明日、最終日でしょ。試験監督に見つかったら、カンニングになって、全科目0点じゃん」
「学年1位がカンニングって、大事件になるね」
3人が、くすくすと笑った。
手慣れているわけじゃない。でも、迷いもない。
気づいたら、俺はロッカーの中で、両手をぎゅっとにぎりしめていた。
面倒なことには、関わりたくない。それが、ずっと俺のやり方だった。けれど、俺は昔、濡れ衣を着せられたことがある。やってもいないことを、やったことにされて、誰に何を言っても、信じてもらえなかった。
だから、こういうのを目の前で見せられると、どうしても胸がむかむかする。
あの先輩が、この3人に何をしたのかは知らない。恨まれるような何かが、もしかしたらあったのかもしれない。それでも、3人がかりで1人をはめようとしているところを、黙って見ているのは気分が悪い。
今ここで飛び出していって、やめろと言うか。
でも、3対1だ。しかも俺は、2年の教室の掃除ロッカーから出てくる1年生だ。なんでそこにいたのかと聞かれたら、補習から逃げてきました、としか言えない。
俺は静かにポケットからスマホを取り出して、画面の明るさをいちばん下まで落とした。カメラを起動して、レンズをすきまに押し当てる。
3人の姿と、机の下にもぐりこんでいる1人の手もと。それから、黒板の上の電波時計。全部が画面に入るように、少しだけ角度を変える。
録画ボタンを押した。
30秒ほどで、3人は作業を終えて立ち上がった。
「よし! 完了! 明日が楽しみだね」
「久遠寺、どんな反応するだろう」
笑い声と一緒に、3人は教室を出ていった。廊下の足音が完全に聞こえなくなるまで待ってから、俺はロッカーの扉をそっと押し開けた。
窓ぎわの机の前にしゃがみこんで、下をのぞく。天板の裏に、四角い紙が、テープでしっかり貼りつけてあった。
はがしてしまえば、それで終わる。
そう思って手を伸ばしかけた、そのとき。
「おい、椎名! どこにいる!」
廊下のずっと向こうから、榊先生の声が響いた。
考えるより先に、体が動いていた。俺は机の下から手を引っこめて、教室を飛び出した。榊先生の声とは反対側の階段を駆け下りて、昇降口へ向かう。
走りながら、ようやく頭が追いついてくる。
もし、さっきあれをはがしているところを誰かに見られていたら、どうなっていただろう。見た人の目に映るのは、暗い2年の教室で、1年の男子が一人、学校一の美人と言われている先輩の机の下にもぐりこんでいる、という光景だけだ。あの先輩の机に何かいたずらしようとしている変なやつだと思われるに決まっている。
それだけじゃない。もし誰かに見られたうえで、明日あの紙が見つかったら、貼ったのは俺だということにされる。言い訳しても、きっと誰も信じてくれない。
昇降口で靴をはきかえながら、スマホが何度も震えているのに気づいた。画面を見なくても、Snowからだとわかる。時刻は、18時を過ぎていた。
……俺には、関係ない。
そう自分に言い聞かせて、俺は校門を出た。
期末テストが終わった、次の日。
テスト明けのゆるんだ空気の中で、その話は1時間目が始まる前から、もう教室にまで流れてきていた。
「ねえ、聞いた? 2年の久遠寺先輩、カンニングしたんだって」
「え、あの久遠寺先輩?」
「昨日の試験中に、机の下からカンニングペーパーが出てきたらしいよ。隣の人が落とした消しゴムを、先生が拾おうとしたら見つかったって」
「うそ。学年1位なのに?」
「だからさ、これまでの1位も、全部カンニングだったんじゃないかって疑われてるらしいよ」
教室のあちこちで、同じ話がくり返されていた。話すたびに、少しずつ大きくなっていく。昼休みには、「全科目0点になるらしい」という話まで聞こえてきた。
学年1位で、学校一の美人。そう言われていた久遠寺先輩の名前は、たった1日で、まったく別の意味で呼ばれるようになっていた。
俺は自分の席に座ったまま、ポケットの中のスマホを、上からにぎった。
この中には、一昨日の30秒の動画が残っている。でも、だからどうした、とも思う。俺が出ていったところで、何が変わるのかわからない。なんで2年の教室にいたのかを説明させられて、補習から逃げたことまで説教されるのが、目に見えている。
そもそも、俺には関係ない話だ。話したこともない先輩のために、わざわざ首をつっこむ理由なんてない。
それなのに、スマホをにぎった手を、なかなかポケットから離せなかった。




