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【完結保証】まだ誰も知らない物語の終わらせ方 ~おとぎ話の試練を全部クリアした私たちの、その後~  作者: ごまだんご
碧の書 『もう一度、おとぎ話の扉が開く』

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碧 第7話 絶対防御

 レンガの家の前に着くと、少女は扉の前で振り返った。後ろをついてきた木の家の少女に、短く告げる。


「姉さんは、離れてて」

「はいはい。見てるだけよ」


 木の家の少女は肩をすくめ、少し離れた石垣の上に腰を下ろした。それから一度だけ藁の家の方を振り返り、独り言のように付け加える。


「あっちの姉さん、まだ藁を抱えて突っ立ってたわよ」


 レンガの家の少女は答えなかった。それを見届けてから、三人に向き直る。


「わたしの試練は、守るんじゃない」

「守るのでは、ないんですか」


 すずなが聞き返すと、少女は扉に背を預けた。鉄の補強が打ちつけられた分厚い扉が、小さな背中の後ろでびくともせずに立っている。


「今度は、わたしが狼をやる。わたしの家は、一度も壊されたことがない。その理由を、確かめてもらう」


 言い終えると同時に、少女の体を赤褐色(せっかっしょく)の光が包んだ。輪郭が膨れ上がり、手足が太く伸び、背が丸く盛り上がっていく。光が収まった時、少女は家ほどもある巨大な狼の姿に変わっていた。全身を覆うのは毛皮ではなく赤茶色の甲殻で、その表面にはレンガを積んだような規則正しい継ぎ目が走っている。


「本気で来て」


 巨体の奥から、少女の声が響いた。


「わたしの守りを崩せたら、終わり」


 狼が前脚で地面を踏みしめると、足元の草が根こそぎめくれ上がった。


「行きます!」


 すずなは時の流れを自分にだけ速め、真っ先に踏み込んだ。剣が甲殻の継ぎ目に吸い込まれ、甲高い音を立てて跳ね返される。手首まで痺(しび)れが走り、刃の先がわずかに欠けていた。


「硬い……!」


 紬の銃声が続く。三発、四発と、甲殻の同じ一点に正確に撃ち込まれた弾は、どれも火花を散らして弾かれた。


 狼が首を振った。それだけで巻き起こった風に、すずなの体が後ろへ押し戻される。体勢を立て直す間もなく巨大な前脚が横薙(よこな)ぎに振るわれ、地面を転がってかわしたすずなのすぐ脇で、土が深々とえぐれた。


「心春さん、ここなら……!」

「はい! ここなら、壊れません!」


 紬の声に、心春が双剣を抜き放った。その目が、ここ二つの戦いで一度も見せなかった光を帯びている。


「フィン、バーニル、バザルト。全力で、お願いします!」


 三つの気配が、一斉に解き放たれた。


 フィンが透き通った翼を大きく打ち振るい、風の刃が幾重にも狼へ殺到する。続けてバーニルが燃え盛る炎をまとって宙を駆け、橙の火柱が甲殻を真正面から呑(の)み込んだ。最後にバザルトの拳が大地を打ち、狼の足元から岩の槍が次々と突き上がる。風と火と岩が、木の家と藁の家では決して許されなかった全力で一つの標的に叩きつけられ、舞い上がった砂埃と炎が狼の姿を覆い隠した。


「やった、んですか……?」


 紬が銃口を下ろしかけた、その時だった。


 炎の中から、狼がゆっくりと歩み出てきた。甲殻は焦げ一つなく、継ぎ目の一本すら欠けていない。岩の槍は脚に触れた先から砕け、風の刃はその表面を撫でただけで消えていた。


「嘘……」


 心春が呆然と呟(つぶや)く。狼が低く唸り、今度は心春目がけて突進した。


「心春さん!」


 叫ぶと同時に、すずなは時の流れを狼の足元にだけ緩め、その隙に心春の前へ飛び込んだ。土の魔力を地面に叩き込んで壁を立てるが、狼の肩が触れた瞬間、壁は砂のように崩れ落ちる。勢いの鈍った巨体の脇を、すずなは心春の腕を引いて転がり抜けた。


「すずなさん、ありがとうございます……!」

「まだです。来ます」


 狼が向き直る。三人は再び散開し、剣と銃と精霊の力を、何度も何度も叩きつけた。


 けれど打ち込むたびに、すずなは奇妙なことに気づき始めていた。強く打てば打つほど、甲殻の継ぎ目がぴたりと閉じていく。最初に打った時より、手応えが重い。紬の銃弾も、心春の炎も、力を込めたぶんだけ甲殻はさらに厚みを増して跳ね返していた。


 そして狼は、どれだけ攻めかかってきても、決してレンガの家の扉の前から離れなかった。突進しても必ずそこへ戻り、三人を追い払うように前脚を振るっては、また扉の前に立ち塞がる。


「先輩、全然効いてません。このままじゃ……」


 紬の息が上がっている。心春の呼吸も荒い。


 すずなは剣を握ったまま、狼の背後にある扉を見つめた。使われた跡のない三つの椅子や、伝言を聞いた時にカップの上で一瞬だけ止まった手、飛ばされても飛ばされても自分の家を建て直してきた姉たちのこと、そしてこの家だけが一度も壊されたことがないということが、頭の中に浮かんでは消えていく。


「紬さん、心春さん。少しだけ、下がっていてください」

「え?」


 すずなは剣を鞘に納めた。


「先輩、何してるんですか!」


 紬の悲鳴じみた声を背に、すずなは武器も構えず、魔力も練らずに、ただまっすぐ狼へ向かって歩き出した。


 狼が唸り、前脚を振り上げた。巨大な爪が、すずなの頭上に影を落とす。それでもすずなは足を止めず、振り下ろされた爪は、その髪の数本先でぴたりと止まった。


「どうして、避けないの……」


 甲殻の奥から、少女の声が震えていた。


「あなたが、本当は誰も傷つけたくないって、分かったので」


 すずなは止まった爪の脇を抜け、狼の胸元に手のひらを当てた。ごつごつとした冷たい甲殻の奥に、バザルトの岩壁と同じ、重くゆっくりとした流れが脈打っている。


 すずなはそこへ、押し込むのでもこじ開けるのでもなく、流れの速さに合わせて隣を並んで歩くように、土の魔力をそっと沿わせた。手のひらの下で、甲殻の継ぎ目が、ひとつ、またひとつと緩んでいった。


「どれだけ強く叩いても、この守りは崩れないんですよね。力をぶつけるほど、固くなる」


 すずなは手を当てたまま、言葉を選ぶように続けた。


「だから、この家には誰も入れなかった。お姉さんたちも、家を飛ばされても、ここには来なかった。飛ばされないこの家に頼らないで、自分の家を、何回も建て直していた」


 狼の巨体が、かすかに揺れた。


「あなたは、ずっと待っていたんじゃないですか。三つの椅子を並べて」


 長い沈黙の後、甲殻が音もなくほどけていった。レンガが一枚ずつ崩れて光の粒になるように、赤茶色の殻が剥(は)がれ落ち、宙に溶けていく。巨大な狼の輪郭が縮んでいき、すずなの手のひらの下には、赤褐色のワンピースをまとった小さな少女の肩が残った。


 少女はうつむいたまま、しばらく顔を上げなかった。


「わたしの家は、壊されない」


 絞り出すような声だった。


「壊されないから、誰も逃げてこない。姉さんたちは、自分の家を直すだけ。わたしは、ここで待ってるだけ。物語の通りなら、みんなここに来るはずなのに」


 少女の輪郭が、ざらりと揺れた。


「カップも、椅子も、毎日拭いてた。いつ来てもいいように。でも、わたしから呼んだら、姉さんたちの家が弱いって言ってるみたいで。だから、ずっと、扉を閉めてた」


 すずなは何も言わず、少女の肩に置いた手を、そのまま離さずにいた。


 その時、石垣の方で足音がした。いつの間にか立ち上がっていた木の家の少女の隣に、あの藁の束を胸に抱えたまま、藁の家の少女が立っていた。


「あのね」


 藁の家の少女が、おずおずと口を開いた。


「今回、お家、飛ばされなかったの。だから、直さなくてよくなって。そしたら、やることがなくなっちゃって」


 少女は藁の束をぎゅっと抱きしめた。


「それで、来ちゃった」


 木の家の少女が、隣で肩をすくめる。


「わたしは、顔を見せに来ただけよ。この前は、あなたが来てくれたから」


 レンガの家の少女が、ゆっくりと顔を上げた。二人の姉を見つめるその目が、大きく揺れている。


 少女はすずなの手からそっと離れ、自分の家の扉へ歩いていった。鉄の補強が打ちつけられた重い扉の閂(かんぬき)に、小さな両手をかける。閂が外れる重い音が辺りに響き、少女は扉を大きく開け放った。


「入って……」


 かすれた声だった。


「立ち話は、好きじゃないから」


 二人の姉が顔を見合わせて笑った、その瞬間、三人の頭の中にあの声が響いた。


『"The(ザ) Three(スリー) Little(リトル) Pigs(ピッグス)" の試練を達成しました』


 開け放たれた扉から、赤褐色の光がふわりと溢れ出した。光はすずなの胸元へまっすぐに流れ込み、体の奥に、どっしりとした重みを残していく。それはどんな風にも揺るがない、積み上げられたレンガの壁のような感覚だったが、その壁には、内側からだけ開けられる一枚の扉があった。


『Brick(ブリック) Wall(ウォール)(堅壁の加護)を獲得しました』


 すずなが胸に手を当ててその重みを確かめていると、紬と心春が駆け寄ってきた。


「先輩、心臓が止まるかと思いました」

「すみません。でも、あれしかないと思ったので」

「次からは、先に言ってください。わたし、本気で飛び出しそうになりました」


 紬が涙目ですずなの袖を掴む。心春は双剣を鞘に納め、ほっとしたように笑った。


「すずなさんが歩いていった時、バザルトがずっと、大丈夫って言ってたんです。私たちより先に、分かってたみたいです」


 三人は中には入らず、開け放たれた扉の外から家の中を覗いた。


 三つの椅子に、初めて三姉妹が腰を下ろしている。藁の家の少女は抱えていた藁の束をテーブルの端にそっと置き、棚から揃いのカップを一つ取った。木の家の少女も一つを手に取る。二人とも無造作に置いたせいで、テーブルの上の取っ手は、ばらばらの方を向いていた。


 レンガの家の少女の手が、それを揃えようと伸びかける。けれどその手は途中で止まり、少女はふっと息をついて、取っ手をそのままにした。


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