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【完結保証】まだ誰も知らない物語の終わらせ方 ~おとぎ話の試練を全部クリアした私たちの、その後~  作者: ごまだんご
碧の書 『もう一度、おとぎ話の扉が開く』

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碧 第13話 赤ずきん

 翌朝、すずなが目を覚ますと、紬のマンションの窓から柔らかな光が差し込んでいた。


 テーブルの上には、閉じたノートパソコンと、底に茶色い輪の残ったマグカップが三つ並んでいる。ソファでは紬と心春が肩を寄せ合ったまま眠っていて、紬の膝には、付箋だらけになったメモ帳が載っていた。


「おはようございます」


 すずなの声に、紬がうっすらと目を開けた。それから自分の肩にもたれている心春に気づき、身動きが取れないまま、困ったように眉を下げる。


「先輩。わたし、首が動きません」

「心春さん、ぐっすりですね」

「起こすの、かわいそうです。でも首が」


 紬の小声の葛藤に、すずなはくすりと笑った。結局、心春が自分で目を覚ますまで、紬は首を傾けたまま固まっていた。


 身支度を整えた三人は、帰る前に駅前の百貨店へ立ち寄った。地下の食品売り場には、色とりどりの菓子が硝子(ガラス)のケースの中に並んでいる。


「手ぶらで戻ってくるな、でしたよね」

「感想だ、とも言ってましたけど」

「感想でも、あの言い方は催促です」


 紬は断言し、ケースの前を端から端まで歩き始めた。洋菓子の前で足を止めては和菓子の前へ移り、また洋菓子の前へ戻る。その横から、心春が茶巾(ちゃきん)のように絞られた小さな菓子を指さした。


「これ、どうですか。栗きんとんって書いてあります。栗とお砂糖だけで作ってあって、甘いけど、しつこくないそうです」

「エルフィさん、そういうの好きそうですね」


 すずなが頷くと、紬も足を止めた。


「じゃあ、それにしましょう。一箱で足りますかね」

「足りないと思います」


 三人の声が揃い、結局、栗きんとんは二箱になった。


 すずなの黒い霧で家に戻り、三人はその足で隣の戸を叩いた。少し間を置いて、戸が開く。


「戻ったか」


 エルフィの視線は、三人の顔より先に、紬の抱えた紙袋へ下りた。


「お土産です。栗きんとんっていう、日本のお菓子です」


 紬が差し出すと、エルフィは何も言わずに紙袋を受け取り、三人を中へ招き入れた。テーブルに箱を置いて蓋を開けると、茶巾の形に絞られた菓子が、きちんと並んでいる。


 エルフィは一つを指でつまみ、しばらく眺めてから口に運ぶと、何も言わずにゆっくりと噛みしめた。その目が、わずかに細くなる。


「どうですか」

「甘さが、栗のままだ。余計なことをしていない」


 エルフィはそう言って、二つ目に手を伸ばした。三つ目を手に取ったところで、ようやく顔を上げる。


「それで、分かったのか」


 すずなは頷き、昨夜調べたことを順に話していった。今の扉はペロー版の赤ずきんで、狼に食べられたところで物語が終わり、助けに来る猟師が出てこないことや、最後に、優しい顔をして近づいてくる狼に気をつけなさい、という教訓が添えられていること、長靴を履いた猫のほうは大筋がほとんど変わらないことまで、一つずつ言葉にしていく。


「助けが来ない物語、か」


 エルフィは三つ目の栗きんとんを手にしたまま、少し考え込んだ。


「物語の中の誰も、その娘を助けない。なら、物語の外から来たお前たちが、助けることになる」

「はい。猟師さんの代わりは、わたしたちがやります」


 紬がまっすぐに言うと、エルフィは小さく頷いた。


「焦るな。準備を整えてから行け。それと」


 エルフィの視線が、すずなに向けられた。


「優しい顔の狼、というのが気になる。牙を剥(む)いてくる相手より、そういう相手の方が厄介だ。見た目で判断するな」

「はい……」

「何かあれば、呼べ」


 エルフィはそう言い終えると、三つ目の栗きんとんを口に運んだ。紬がそっと箱の中を覗き込み、残りの数を数えて、心春に目配せする。二箱にして、正解だった。


 その日の午後、三人は装備の手入れをしながら、赤ずきんの試練について話し合った。


「女の子が森で狼と出会って、道を教えちゃうんですよね。それで、狼に先回りされる」


 紬が魔銃の手入れをしながら言うと、心春が双剣を拭く手を止めて頷いた。


「だったら、女の子のそばを離れないことですね。それと、おばあさんの家にも気を配らないと」

「狼を倒すことより、二人を守ることを一番に考えましょう」


 すずなの言葉に、紬がこくりと頷いた。


「誰も助けに来ないなら、最後までわたしたちが、そばにいます」


 その横顔を見ながら、すずなは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 翌日、準備を整えた三人は、再び広間に立っていた。


 金色の扉が一枚、灰色の扉が一枚、そしてフランス語のプレートを掲げた二枚の扉が、壁に並んでいる。すずなは灰色の扉の前で一度だけ足を止め、それから"Le(ル) Petit(プティ) Chaperon(シャペロン) Rouge(ルージュ)"の扉の前に立った。プレートの下では、頭巾をかぶった女の子の背中に、黒い影が昨日と変わらず寄り添っていた。


「行きましょう」


 すずなが取っ手に触れると、ひやりとした感触が指先に伝わり、扉がゆっくりと内側へ開いた。溢れ出した白い光が、三人を包み込んでいく。


 光が引くと、三人は薄暗い森の中に立っていた。頭上を覆う枝は重なり合って空を隠し、木々の間から差し込む光はわずかしかない。足元には湿った落ち葉が厚く積もり、踏むたびに柔らかく沈んだ。空気はひんやりとしていて、どこからか、苔と土の匂いが立ちのぼってくる。


「絵本で見た森より、ずいぶん暗いですね」

「鳥の声も、しません」


 声を落とす紬の隣で、心春が耳を澄ませるように目を細める。その時、頭の奥に声が響いた。


『"Le(ル) Petit(プティ) Chaperon(シャペロン) Rouge(ルージュ)" の試練が開始されました』


 ほとんど同時に、木々の奥で、かさりと何かが動いた。紬が魔銃に手をかけ、三人の視線が一斉にそちらへ向く。


 茂みの向こうから、深紅の頭巾をかぶった人影が、おそるおそる姿を現した。まだ幼さの残る、小さな少女だった。頭巾の下からのぞく瞳は不安げに揺れ、両手で抱えた籠(かご)の中には、丸く焼いた平たい菓子と、小さな壺(つぼ)が一つ入っている。三人の姿に気づくと、少女はびくりと肩を震わせて後ずさり、その拍子に、頭巾の縁と髪の先が、砂粒のようなノイズにざらりと揺れた。


 紬が息を呑(の)み、心春がそっとすずなに視線を送る。すずなは小さく首を横に振り、今は騒がないようにと目で伝えた。


「大丈夫です。私たちは、怖い人じゃありません」


 すずなは両手を軽く上げ、少女の前にゆっくりと膝をついた。少女はしばらく三人を見比べていたが、やがて少しだけ、肩の力を抜いた。


「おばあちゃんのお家に……行くところなの」


 か細い声だった。


「お母さんに頼まれて、ガレットと、バターの壺を届けに。おばあちゃん、具合が悪いんだって」


 ガレットとバターと聞いて、すずなの頭に、昨夜読んだペロー版の一節がよみがえった。グリム版でお使いの籠に入っているのは、焼き菓子と葡萄酒(ぶどうしゅ)だったはずだ。


「一人で、ですか」


 心春が心配そうに尋ねると、少女はこくりと頷いた。


「森には狼が出るって、みんな言うの。でも、お使いだから」


 少女は籠をぎゅっと抱え直した。その小さな手が、白くなるほど力を込めている。


「私たちが、一緒に行きます。おばあさんのお家まで、必ず送り届けます」

「本当に?」

「はい。約束します。私は、すずなです。こっちが紬さんで、こっちが心春さん」


 すずなが二人を順に示すと、少女は三人の顔を見上げ、それから困ったように首を傾げた。


「わたしは、赤ずきん。みんな、そう呼ぶの」

「お名前は……」

「赤ずきん、だよ」


 少女は何でもないことのように繰り返した。それ以外の名前を、一度も持ったことがないような顔だった。紬が何か言いかけて口をつぐみ、心春はそっと目を伏せる。


「じゃあ、赤ずきんちゃん。行きましょうか」


 すずなが手を差し出すと、少女は少し迷ってから、その手を小さな指でぎゅっと握った。


 三人は少女を真ん中に囲むようにして、森の奥へと歩き出す。紬が前を、心春が後ろを固め、すずなは少女の手を引いて隣を歩いた。どれほど進んだ頃だろうか。道が二股に分かれた場所で、少女の足がふと止まった。その視線の先、太い木の幹にもたれるようにして、誰かが立っている。木漏れ日の届かない影の中で、顔は見えなかった。


「やあ、お嬢さん」


 影の中から、柔らかな声がした。


「こんな森の奥まで、どちらへ?」


 すずなの首筋が、ぞくりと粟立(あわだ)った。優しい顔をして近づいてくる狼に気をつけなさいという、昨夜画面の上で読んだ一文が、耳の奥でよみがえっていた。少女の小さな手が、すずなの指を、さっきよりも強く握りしめた。


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