深夜のファミレスの作戦会議
『クローバー』の閉店後、私たちは場所を移し、深夜まで営業している近くのファミレスのボックス席にいた。
ドリンクバーから汲んできたウーロン茶のグラスを前に、俊が怪訝そうな顔で周囲を見回す。
「なぁ、相談って翔のことだろ? なんで当の翔がここにいないんだよ」
「翔先輩がいたら相談にならないからですよ」
香織はストローを指先で弄びながら、真剣な、だけどどこか楽しそうな表情で身を乗り出した。
「単刀直入に言います。私、美緒先輩の恋を応援したいんです! あのプライドの塊みたいな美緒先輩が、ついに観念して『翔が好きだ』って白状したんですよ? あとは、あの超弩級のヘタレ鈍感男に、その気持ちを気付かせるだけなんです!」
「当然、私も乗るわ」
私は冷めたコーヒーを一口すすり、即答した。
「あの2人の膠着状態は、理学部の人間として観察しがいがあるもの。初期条件に対する結果が予測不能な、カオス系の実験みたいで面白いじゃない」
「ですよね! さすが遥先輩、話がわかる!」
香織と私で視線を交わし、ニヤリと悪だくみの笑みをかわし合う。
だが、私の隣に座る俊が呆れたように両手を挙げた。
「ストップ。俺はパス。ハッキリ協力拒否宣言させてもらうわ」
「えー! なんでですか三木先輩!」
「だってあいつらの問題だろ? 翔のあの重度の鈍感さは天災みたいなもんだし、美緒先輩の高飛車な脳内暴走に巻き込まれたら、こっちの命がいくつあっても足りん。俺は静観させてもらう」
俊は理性的でまともな判断をしているつもりだろう。巻き込まれたら面倒だ、という彼の本音は至極正しい。
けれど、彼には決定的な計算違いがある。
この場において、彼の拒否権など最初から存在しないのだ。
私はテーブルの下で、俊の太ももをヒールの爪先でギニュッと踏みつけた。
「……っ!?」
俊が痛みに顔を跳ね上げ、私を見る。私はこの上なく可憐で、極上の笑みを彼に向けた。
(俊。あなたが翔の同級生として、メッセンジャーや当て馬の役割をこなしてくれると、実験の成功率が跳ね上がるの。わかるわね?)
声に出さず、目だけで圧倒的な圧力をかける。
俊は一瞬で己の立場(生態系における最底辺)を悟り、「……ただ、アドバイスくらいなら、ね? 出さなくもない、かな……」と、情けない声で速やかに前言を撤回した。
「よし、障害は排除されたわ」
私は手帳とペンを取り出し、テーブルの中央に置く。
「さあ香織ちゃん。あの“絶対障壁”とも言える翔の鈍感を突破するために、どんな作戦を仕掛ける? じっくり考えましょう」
「はい! まずは外堀から埋めましょう。美緒先輩の気持ちを、もっと分かりやすい形で翔先輩の視界に叩き込むんです。三木先輩、翔先輩が最近気にしてることとか、弱点とかないですか?」
俊は太ももをさすりながら、困ったように天井を仰いだ。
「弱点も何も、あいつは写真と物理以外のことには本当に疎いからな……。ただ、最近は妙に自分の立場を気にしてる節はある。美緒先輩みたいなハイスペックな子に対して、無意識に引け目を感じてるのかもな」
「なるほどね。男のくだらないプライドってやつかしら」
私がペンを走らせると、香織がストローをカチカチと鳴らしながら、ふと真顔になった。
「……でも、もし翔先輩が、単なる『無自覚な鈍感』じゃなかったらどうします?」
「え?」
私と俊が顔を見合わせる。香織はどこか遠くを見るような、少しだけ寂しげな目をしていた。
「今日の『クローバー』で、翔先輩、美緒先輩から貰ったマッチ箱をポケットに入れて、何度も何度も確かめるみたいに触ってたんです。私が『愛のメタファーですよ』って突っ込んだら、いつもの理系雑学で煙に巻かれると思ったら、違ったのです。
……あの時の翔先輩の横顔、全然笑ってなかった。まるで、受け取っちゃいけない重い宝物を持っちゃったみたいに、切ない顔をしてたんです」
ファミレスの騒がしい店内の中で、私たちのテーブルだけが一瞬、しんと静まり返った。
「翔先輩は……本当は気づいてるんじゃないでしょうか。美緒先輩の想いも、自分の不甲斐なさも。分かっていて、傷つくのが怖くて、あえて『鈍感な理系男』のフリをして逃げてるんじゃないかって……」
香織の言葉に、俊が深くため息をついた。
「あいつ……そこまで考え込んでたのかよ。本当に不器用だな」
「だからこそ、です」
香織はギュッと拳を握りしめ、私たちを強い目で見つめ返した。
「ただの微笑ましいすれ違いなら、特等席で生温かく見守ってればよかったです。でも、お互いに想い合ってるのに、逃げて傷つき合ってるなんて絶対におかしいです。私、幼稚園科だから、そういう泣き出しそうな顔をして我慢してる人を見過ごせないんです」
その瞳には、単なる好奇心やイタズラ心を超えた、温かくまっすぐな決意が宿っていた。
「作戦なんて、生ぬるい迂回路はいりません。
私が近いうちに、翔先輩の逃げ場を完全に無くす『引き金』を引いてやります。
背中を押すんじゃない、崖から突き落としてでも、美緒先輩と向き合わせます!」
「……ふふ、頼もしいわね。いいわ、それが一番威力の高い実験になりそうだわ」
私はニヤリと笑い、手帳を閉じた。
俊も「やれやれ、俺は巻き込まれたくないけど……あいつの目を覚まさせるなら一肌脱ぐか」と腹をくくったようだ。
深夜のファミレス。
特等席の傍観者をやめ、当事者たちの背中を強引に押す決意を固めた少女を中心に、翔と美緒の止まった時間を動かすための「真の作戦会議」が幕を閉じた。




