不毛な女子会
幼稚園科のラウンジに、テスト終わりの解放感と独特の疲労感が混ざり合う。
「はぁー、テスト終わった! マジで幼児教育概論のテスト意味不明じゃなかった? 『ルソーの教育思想』とか、現場で3歳児にルソー語るわけないじゃん!」
あみが背もたれに体重を預け、盛大に文句をぶちまけた。それに深く頷いたのはゆいだ。
「それな! 私はそれより、明日の手遊び実技のほうが緊張して胃が痛い……。……でもさ、あみの言う通り、うちら本当に『華の女子学生』やってる? 気づけば毎日、折り紙の折り方とエプロンシアターのことしか考えてないんだけど。合コンやっても個性が強い人ばかりだし」
「あ! 津島翔先輩ね!」
あみが身を乗り出す。
「合コンの時は『物理学科の2年で留年中、顔はいいのに昼間はマジで死んだ魚の目をしてる超鈍感男』だと思ってたのに……。こないだ夜のクローバーに行ったら、なんか大人の色気ダダ漏れの特製カクテル出されて、脳内バグり散らかしたんだけど!?」
「わかる!!」
ゆいが両手を叩いて激しく同意した。
「しかもあの学園のマドンナの美緒先輩が、般若みたいな殺気で隣に座ってきたじゃん!? 翔先輩、あのマドンナを涼しい顔で侍らせて『熱力学的に臨界点』とか言って深紅のカクテル出してたのよ!? うちら『ただのお遊び実験台』扱いで、完全に場違いだから終バスのフリして大慌てで逃げ帰ったわよ!」
二人の大騒ぎを横目に、香織がパックのジュースをすする。必死にニヤニヤを堪えているのが丸わかりだ。
「あははは! 翔先輩、夜はカウンター限定のキラースマイル(特別仕様)になるからねー。まあ、中身は相変わらず宇宙規模の天然ポンコツなんだけどね」
すると、ソファに突っ伏していたひまりが、むくりと起き上がって遠い目をした。
「……いいなぁ、夜の危険な大人の恋。翔先輩の同級生の三木俊先輩はイケメンだしスマートなのに……なんで遥先輩と付き合ってるのよぅ。あの二人、冷静すぎて私の入る隙が1ミリもない……」
「ひまり、諦めな」
香織が容赦なく笑う。
「遥先輩はうちら幼稚園科の1年が束になっても勝てるわけない高嶺の花だよ」
「そうなの。俊先輩に振られた時、遥先輩に慰められて立ち直ったの。私、遥先輩の大ファンなの」
切なげに、けれどどこか嬉しそうに語るひまりに、ゆいは感嘆の息を漏らした。
「凄いね。自分の彼氏が振った女の子を癒して、ファンにまでしちゃうって。本当に敵わないね」
「イケメンと言えばさ、」
あみが思い出したように手を叩き、強引に話題を切り替えた。
「この前の社会人合コンにいた類さん。見た目は良いけどマジポンコツだったね!」
その言葉に、ひまりがジト目を向ける。
「あみ、拓海先輩に『類さんの部屋にいる』って嘘のライン送ったでしょう。『今、類さんシャワー浴びてる』って。あの二人、独身寮暮らしで隣の部屋だよ。それに、大浴場付きで個別の部屋にシャワー無いのよ」
「あはは! そうだったの。道理で拓海先輩から返信が無いわけだ」
悪びれもせず笑うあみに、ひまりは呆れたように首をかしげた。
「何でそんなラインしたの?」
「最初、類さんにラインしたんだけど既読スルーされてさ。拓海先輩でもいいかなって思いながら、類さんのこと思い出して、わけのわからないライン送っちゃってたんだよね」
「「えええええーーー!? なにやっているの!?」」
ひまりとゆいの悲鳴のような声がハモる。しかし、あみは全く動じず、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「でもさ、その事を知っているってことは、拓海先輩から連絡有ったの? 合コンの時から、拓海先輩はひまりにゾッコンだったからね」
「えっ、そうだったの?」
ひまりは目を丸くした。
「ラインで『好き』と言われて、『冗談上手いんだから』って返しちゃった」
「うわー、残酷」
香織が顔をしかめて、ひまりを指差す。
「ひまりが三木先輩にやられていることを、そのまま拓海先輩に返してるじゃない」
「いやー……」
ひまりは頬を掻きながら、申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「お詫びに、食事でも奢らしてあげようかな」
「それ、お詫び?」
すかさず香織がツッコミを入れる。
「拓海先輩なら、確実に大喜びするだろうけどさ」
そんなひまりの天然な残酷さに一同が呆れ果て、一瞬の沈黙が流れた。これ以上この泥沼な恋愛トークを続けても不毛だと察したのか、あみがパンと勢いよく両手を叩いて空気を変える。
「よし、じゃあ夏休みの計画立てよ! とりあえず、現実逃避でディズニー行かない?」
「行く! お揃いコーデしよう!」
ゆいが即座に身を乗り出し、それまでの重い空気を一気に吹き飛ばした。
「いいね」
香織も笑顔で賛成しつつ、人差し指を立てて釘を刺す。
「あ、でも行き先で迷子見つけるたびに、『あの子、愛着形成の段階が……』とか教育実習の目で分析するのだけは禁止ね。美緒先輩みたいに脳内エントロピー増大して自爆するから!」
「「それだけは絶対にやめよう!」」
笑い声がラウンジに響き、彼女たちの頭の中は、ようやく難解なレジュメから夢の国へと切り替わっていった。




