追い打ち
「……いやだから、私の好きな人は三木先輩なんですって!」
昨日の今日で、まさかサフランのカウンターがこんな修羅場になるとは思わなかった。
私はテーブル席でメロンソーダのストローをくわえたまま、興奮で肩を上下させているひまりちゃんを眺めていた。
ひまりちゃんは昨日、三木先輩に「告白の練習」扱いされて撃沈したあと、どうしても諦めきれずに「本物の恋愛相談」をしに来たらしい。
ターゲットは、あの昼間は存在感ゼロ、おまけに絶賛留年中という冴えない天然男、津島翔先輩だ。
三木先輩が「俺じゃなくて翔への相談だったのか!相手は翔じゃ無かったのか」と勝手に一人で納得して引き合わせた結果、今、カウンターには翔先輩と、半泣きのひまりちゃんが並んで座っている。
「なるほど。つまり、その先輩に告白したけど、練習だと思われてスルーされたわけか」
翔先輩は、他人事のようにフライドポテトをのんびり口に運びながら言った。
「そうなんです! だから、どうすれば男の人に『本気の告白』だって気づいてもらえるか、先輩に教えてほしくて……! 」
必死にすがるひまりちゃん。それを見つめる翔先輩の目は、ビー玉のように澄み切っていて、同時に1ミリの思考も感じられない。
「うーん、俺に聞かれてもなぁ。でもさ」
翔先輩はポテトをモグモグと飲み込み、実に面倒くさそうに頭を掻いた。
「気持ち、伝わらないよな」
――出た! 昨日の三木先輩と全く同じセリフ!
私は心の中で大爆笑した。このサフランの男どもは、どいつもこいつも「伝わらないよな」から話をスタートさせる呪いにでもかかっているのだろうか。
「分かるよ。そういうの、気づかないからな」
追撃のセリフまで完全一致。私は笑いを堪えるためにストローをガリガリと噛んだ。
でも、ひまりちゃんは今度こそ「この先輩は分かってくれている!」と目を輝かせる。
「そうなんです! 本当に鈍感で、全然気づいてくれなくて……! 」
「だろ? だからさ、回りくどいことしないで、はっきり『好きです』って言わなきゃダメだよ。男なんて、言葉にされないと何も気づかない生き物なんだから」
これまたデジャブである。昨日、三木先輩が自分に向けて引かせた引き金を、今度は翔先輩が三木先輩に向けて引き直そうとしている。
カウンターの奥でグラスを拭いている三木先輩は、「うんうん、翔も良いこと言うな」と言わんばかりに満足げに頷いている。
おいイケメン、その銃口は今お前をロックオンしてるんだぞ。
「は、はい! 私、今度こそ本気だって伝えます!」
「おう、頑張れ。応援してるぞ」
本日二度目の、ターゲット本人による熱烈な応援。
隣の席の遥先輩を見たら、昨日と全く同じ、完全に冷めきった目で虚空を見つめていた。
もはや哀れみすら通り越して、無の境地に達している。
ひまりちゃんはカウンターの椅子から立ち上がり、今度こそ、すぐ近くで呑気にグラスを拭いている三木先輩に向き直った。
その目は涙目で、だけど本気の炎がメラメラと燃えている。
「三木先輩!! 」
「ん? なんだ? 翔のアドバイス、参考になったか?」
「練習じゃありません! 私は、三木先輩のことが本気で、本当に、めちゃくちゃ好きなんです!! 」
サフランの店内に、昨日以上の音量で純度100%の悲鳴のような告白が響き渡った。
私はもう、テーブルの下で自分の太ももを抓って笑いを堪える。
さあ、今度こそどう落とす、三木俊! そして連鎖を仕掛けた津島翔!
三木先輩は一瞬ポカンとしたが、すぐに「あ、そういうことか!」と手をポンと叩いた。
「なるほど! 翔のアドバイスを忠実に守って、その『本気のトーン』を今、俺の目の前で試したわけだな!
いや、今の『三木先輩』って部分を相手の名前に変えたら完璧だよ! めっちゃドキッとした!」
……絶望である。
この男、昨日の100点満点からさらにハードルを上げて、今度は「演技指導」を始めやがった。
ひまりちゃんの顔が、今度は青を通り越して土気色になっていく。
それを見た翔先輩は、ふっと優しく微笑み、ひまりちゃんの肩をポンと叩いた。
「うん、今の告白、すごく良かったよ。俺、感動しちゃった。本番でもその調子で頑張りなよ」
追い打ちの「ダブル無効化」。
ひまりちゃんは、ガタガタと震えながら、まるで怨霊のような顔で二人を見つめ、「……もう、いいです……」と絶望の呪詛を吐き残して店を飛び出して行った。
その背中には、昨日よりも太い文字で「完全終了」と書かれていた。
ひまりちゃんの気配が完全に消えた瞬間、私はテーブルに突っ伏して床を激しく叩いた。
「ひゃはははは! 死ぬ! 呼吸ができない! 二人とも神すぎる!! 」
「おい香織、だから何笑ってんだよ。……それより翔、あいつの告白はお前にかもしれないぞ。美緒さんにバレたらお前マジで消されるからな!」
三木先輩は、まだ自分が安全圏にいると信じ込んでスマホを取り出した。画面には、昨日から美緒先輩の長文で炎上し続けているLINEグループが開かれている。
「ちょっと俊、そのスマホを一度ポケットにしまいなよ」
遥先輩が、今日一番の冷徹な声で呟いた。
「え? なんでだよ遥」
「あんたの胸に、昨日突き刺さった『全反射エネルギー』の横に、もう一本綺麗に並んで突き刺さってるから。あと翔」
「ん?」
翔先輩が首を傾げる。
「あんたの頭の上にも、美緒先輩の怒りで屈折率が狂った空間から、逃げ場のない『臨界角』で特大の怒りのレーザーが照射されてるから。早くLINEを見なさい」
遥先輩の完璧なツッコミと、相変わらず「?」とマヌケな顔をしている翔先輩を見て、私の腹筋は完全に崩壊した。
今日もサフランは平和だ。
美緒先輩が帰ってくる頃には、この店の男たちの頭が物理的に爆発していることを除けば。




