三木の恋愛相談
次の日のサフランの午後。
カランコロン、とドアベルが鳴り、一人の女の子が入ってきた。
見ると、それは私のクラスメイトの日向ひまりちゃんだった。
でも、ひまりちゃんは私に気づく様子もなく、緊張で肩をガチガチに上がらせたまま、真っ直ぐ空いたカウンター席に腰掛けた。
(お、あれは完全に恋愛相談の顔じゃん。面白くなりそう!)
私のカンは百発百中だ。案の定、三木先輩はいつもの落ち着いたイケメンボイスで「どうした?」と優しく聞いた。
私は心の中でニヤニヤしながら、聞き耳を立てる。ひまりちゃんは、消え入りそうな震える声で言った。
「……好きな人がいて……」
お、来た来た!
私が心の中で快哉を叫んだその瞬間、三木先輩は深く共感したような顔で、しみじみと頷いた。
「そうか。気持ち, 伝わらないよな」
――いや、ちょっと待って。
展開が早すぎるというか、何で最初から「伝わってない前提」で話を進めてるの?
私はストローをガリッと噛みそうになった。
ひまりちゃんも予想外の角度からの返答に慌てて首を振る。
「い、いえ……伝わらないというか……」
「分かるよ。そういうの、気づかないからな」
三木先輩、1ミリも気づいてない! 自分のことだって微塵も思ってない!
どんどん話が面白くなってきた。
中心にいる男が一番の鈍感という地獄。
でもひまりは、自分の片想いが「相手(三木)が鈍感で気づかないタイプだから」と先輩が察してくれたのだと都合よく受け取ったようで、「そうなんです」と顔を真っ赤にしている。
可愛い。でも無駄だよ、その男は翔先輩の鈍感さを笑えないレベルの天然だから。
「で? その相手ってのは、どんな奴なんだ?」
三木先輩は、いかにも頼れるお兄さんといった風情でグラスを拭きながら尋ねた。
ひまりは、もじもじと指を絡め合わせながら、上目遣いで三木先輩を見る。
「えっと……優しくて、いつもこの店にいて、ちょっとお兄さんっぽくて……。あ、理学部の先輩なんです」
条件が三木俊そのものを指し示している。
隣に座る遥の表情が一瞬で凍りついたのが分かった。
しかし、三木先輩の脳内フィルターは、ここでまさかのウルトラCをやってのけた。
(……いつもこの店にいて、理学部の先輩? 優しい……? いや、優しさは微妙だが、まさか……翔のことか!?)
違うわ! 地球がひっくり返ってもそれはない!
だが、一度「翔=モテ期」という妄想に取り憑かれた三木先輩の暴走は止まらない。
昨日、翔先輩が美緒さんロスだと勘違いしてLINEを大炎上させた男の推理力は、今日も絶望的に狂っていた。
「なるほどな、理学部の先輩か」
三木先輩は深く頷き、ふっと男前の笑みを浮かべた。
「だったら、迷ってないで告白しちゃえよ。男なんてな、言葉にされないと何も気づかない生き物なんだからさ。はっきり『好きです』って言わなきゃ、一生伝わらないぞ」
背中を押している。満面の笑みで、自分に向けて引かれた引き金を引かせようとしている。
ひまりの瞳に、パッと希望の光が灯った。まさか本人から「告白しろ」と言ってもらえるなんて、夢にも思わなかったのだろう。
「は、はい……! 私、頑張ります!」
「おう、頑張れ。応援してるぞ」
応援された本人が一番の障害物なのだが、それに気づいているのは私と遥さんだけだ。
私はもう、笑いを堪えるために口元を両手で押さえ、プルプルと震えるしかなかった。
スマホで動画を撮りたい、でも動いたら吹き出してしまう。
ひまりは、きゅっと拳を握りしめ、覚悟を決めたように三木先輩を真っ直ぐに見つめた。
「あの……! 三木先輩!」
「ん? なんだ?」
「好きです! ずっと前から、先輩のことが好きでした!」
サフランの店内に、ひまりのピュアな告白が響き渡った。
私の震えが止まる。さあ、どう落とす、三木俊!
三木先輩は、一瞬だけ目を見開いた。
そして、次の瞬間――実にお兄さんらしい、包容力に満ちた笑みを浮かべて、ポンポンとひまりの頭を叩いたのだ。
「うん、今のすごく良かったぞ! 100点満点だ!」
……は?
ひまりも、私も、遥さんも、サフランの時が止まった。
「いやぁ、緊張してる割には声もよく出てたし、真っ直ぐ目を見て言うのってポイント高いな。本番でもその調子で翔に言えば、あいつも一発で落ちるよ。今のは良い告白の練習になったな!」
そう言って、三木先輩は親指を立てて爽やかに笑った。
褒めた。全力で、命がけの告白を「練習」として100点満点をつけて褒めちぎった!
ひまりの顔から、みるみる血の気が引いていく。赤から白、そして最後には絶望の青へとグラデーションしていく様は、見ていて最高にゾクゾクした。
「あ、あの……三木、先輩……?」
「ん? どうした, まだ不安か? 大丈夫だって、俺が保証する。今の告白をされて、断る男なんて世界中どこにもいないからさ!」
いない。断る男はいないが、今、目の前で「全反射」した男ならここにいる。
ひまりは、今にも泣き出しそうな、というか半分魂が抜けかけた顔のまま、「あ……ありが、とう、ございます……」と蚊の鳴くような声で絞り出した。
「お、おう、頑張れよ!」
爽やかに手を振る三木先輩に見送られ、ひまりはふらふらとした足取りで、まるで幽霊のように店を出て行った。その背中にはハッキリと「終」の文字が見えた。
ひまりが完全に店から見えなくなった瞬間、私はテーブルに突っ伏して大爆笑した。
「ひゃはははは! 痛い! お腹痛い! 三木先輩、天才すぎる!!」
「おい香織、何笑ってんだよ。……それより遥、今の聞いたか? 翔の奴、あんな可愛い1年生に狙われてるんだぞ。早く美緒さんにLINEで報告して、危機感持たせてやらないとな!」
満足げにスマホを取り出す三木先輩を見て、遥が深いため息を吐きながら冷めきったアイスティーを飲み干す。
「……俊。とりあえずそのスマホを置いて、一回、自分の胸に手を当ててみなよ」
「え? なんだよ急に」
「あなたの自慢の『全反射バリア』、角度を読み違えて全エネルギーが自分に全反射してるから」
遥の冷たいツッコミに、私はさらに腹筋が崩壊した。
今日もサフランは平和だ。
美緒先輩がいない間に、この店の男たちの脳細胞が全員崩壊していることを除けば。




