表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/62

ナポレターナ

週末の昼下がりのサフランは、いつもより静かだった。

カウンター席で、翔がスプーンを持ったままぼんやり天井を見上げている。

「はぁ……。美緒さんのナポリタンが食いたいなぁ……」

……また始まった。

三木がグラスを拭く手を止め、香織は向かいの席でストローをくわえたままニヤニヤしている。

「相変わらずだな、翔。そこまで言うなら、俺が美味いパスタを作ってやるよ。美緒さん直伝とはいかないが、イタリアの本格派をな」

三木はすぐに厨房へ消え、数分後には本格トマトソースとバジルの香りが店中に広がった。さすが我が恋人、手際と見栄えだけは本当に良い。

「ほら、食え。ナポレターナだ」

翔は目を輝かせてフォークを伸ばし、勢いよく麺をすすった。

……いや、パスタはすすらないでほしいんだけど。

一口噛んだ瞬間、翔の動きがピタリと止まる。

「……どうだ?」

三木が自信満々に胸を張る。

対する翔は、申し訳なさそうに首を傾げた。

「うーん……美味い、美味いんだけどさ。なんか違うんだよなぁ。やっぱり美緒さんの方が断然好きだな」

……はい出ました。翔の“悪気ゼロで人を殺す褒め方”。

ただのチープなナポリタンが好きなだけなのに、主語と目的語の端折り方が致命的すぎる。

案の定、三木の脳内で昨日からの「勘違いキューピッド回路」が火を噴いた。

(……マジかよ。俺の本格パスタより美緒さんのナポリタンがいいって……。これ、完全に美緒さんがいなくて寂しいって意味じゃん!)

いや違う。1ミリも違わないレベルで、ただの食欲の話よ。

でも、三木はもう嬉々としてスマホを取り出している。嫌な予感しかしない。

5人のLINEグループに、三木の熱いメッセージが投下された。

三木:【大変です。今サフランで、翔が美緒さんがいなくて、相当寂しがってるみたいです】

……大変なのはお前の読解力と脳内解釈の非線形性だよ。

すぐに香織がいたずら心で油を注ぐ。

香織:【ですねー! 翔先輩、美緒先輩がいなくて完全におセンチモード入ってますよ? 『美緒さんの方が断然好き』と言っています】

頭痛がしてきた。この二人の“誤解の増幅回路”、どうにかならないのだろうか。

そして案の定、地元で教育実習中の美緒先輩が画面の向こうで大爆発した。

美緒:【な、ななな、何ですってー!?】

美緒:【翔くんそんなに寂しがってるの!? 私がいないとやっぱりダメなんだわ!】

職員室で叫んでないといいけど……いや、絶対叫んでる。

狂喜乱舞のスタンプと長文が超高速で画面を埋め尽くすのを見て、私はため息をついた。

「……また始まった」

私は冷ややかにスマホを叩く。

遥:【美緒先輩、落ち着いて。三木の勘違いだから。ちゃんと授業してきて下さい】

もちろん届かない。実習のストレスも相まってか、美緒先輩の暴走熱力学は、一度閾値を超えたら誰にも止められない。今日は完全に不可逆反応だ。

翌日。

そんなお祭り騒ぎなど露知らず、翔はコンビニでナポリタンを手に取っていた。

「はぁ、やっぱりナポリタンだよな……」

底がオレンジ色に染まった、上げ底容器の大盛りナポリタン。

……これを“美緒さんの味”の基準にするの、本当にやめてほしい。

レンジでチンしてもらい、嬉しそうに一口。

「うん! これこれ! このちょっと焦げたケチャップの味が最高なんだよなぁ。美緒さんの味にそっくりだ!」

……美緒先輩が聞いたら泣くぞ。

ケチャップを口元につけたまま幸せそうに麺をすする翔を見て、私は確信した。

この男の鈍感さ、天然記念物から世界遺産に格上げだ。

今日も世界は平和である。美緒先輩の脳内だけが総力戦状態なことを除けば。

というか翔、たまにはLINEの通知を見ろ。あんたのせいでグループが炎上、いや、熱核融合を起こしてるんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ