文字数のカウントダウン
3週間の長かった教育実習も、残すところあと数日。
高校生たちのまっすぐな瞳に癒やされ、授業のコツも掴めてきた。実習生としては大成功と言っていい。——だが、私の精神的疲労はとっくにピークに達していた。原因は実習ではない。
遠く離れた学生街にいる、あの留年物理男子との**「噛み合わないLINE」**のせいだ。
実習期間中、彼から届いた返信は計3通。
その合計文字数は、わずか9文字。
初日の私の長文に対して、3日後に届いたのが 【わかった】(4文字)。
その5日後、香織の罠で嫉妬に狂いながら送った「他の女の人に綺麗なカクテル出すの禁止!」への返信が、なぜかアルファベットで 【YES】(3文字)。
さらに1週間後、既読無視が長すぎて「生きてる?」と生存確認した時の返信が 【はい】(2文字)。
(文字数が! 綺麗にカウントダウンして減っていってるじゃないのよーー!!)
このままでは次あたり、ついに「1文字の領域」に突入する。
「お」とか「ん」とか、そんな一文字で私のパッションを片付けられてたまるものか。実家の自室のベッドの上で、私はスマホを握りしめて決意した。
「絶対に1文字の返信なんてさせない。そう、イエス・ノーで答えられない“オープン・クエスチョン”を送ればいいのよ!」
これなら絶対に5文字以上、上手くいけば2行以上の長文を引き出せるはず。
我ながら、学園のマドンナにしては志が低すぎる作戦だとは思う。でも今の私は、あの鈍感男から**「まともな日本語の文章」**をむしり取りたい一心だった。
心理学科の知識を総動員し、彼が脳の回路を使わざるを得ない、かつ答えが複数ある質問を練り上げる。
そして画面に打ち込んだ。
【実習が終わったらサフランの皆にお土産を買っていこうと思うんだけど、翔くんは何のスイーツが好き? 焼き菓子? それとも和菓子? 具体的に教えて!】
どうよ、これなら選択肢を選ばざるを得ないし、スイーツ名を挙げるだけで5文字は確定。完璧なトラップ、心理戦の勝利よ!
送信ボタンを押し、私は勝利を確信して枕に顔を埋めた。
——そして、1時間後。
奇跡的にその日のうちに、画面がパッと光った。
送り主は 【津島 翔】。
緊張でゴクリと唾を飲み込みながら、トーク画面を開く。
そこにあったのは——
【ぁ】
「…………は?」
私はベッドから転げ落ちそうになった。
「あ」ではない。**小さい「ぁ」**である。
画面をいくらスクロールしても、拡大しても、その後に続く文字はない。【ぁ】。それだけ。
(嘘でしょ……!?
1文字どころか、50音の“1マス分”にも満たない小文字表記!?
スイーツの質問に対して『ぁ』って何よ!
『あんこ』って言おうとして親指の力が尽きたの!?
それとも『あ、忘れてた』の『ぁ』!?
というか、そもそも何でわざわざ小文字に変換してんのよ!
私の執念を見透かして、高度におちょくってるの!? 絶対におちょくってるでしょーー!!)
実質0.5文字という、宇宙の法則すら超越した翔の圧倒的ミニマリズム返信を前に、私の心理学は木っ端微塵に砕け散った。
悔しくて、でもあまりにも翔らしくて、その意味不明な0.5文字すら愛おしく思えてくる(重症)。
私はスマホをギュッと胸に抱きしめながら、「帰ったら絶対に、襟元を掴んで問い詰めてやる……!」と、実家の天井に向かって般若のような(でも口元はデレデレに緩んだ)顔で誓うのだった。




