幼稚園科の女の子
繁華街の路地裏にある、隠れ家風のおしゃれな個室カフェダイニング。
対面のソファに座っていたのは、明らかにまだ大学に入ったばかりという雰囲気を醸し出した、初々しい2人の女の子。
「初めましてー! 教育学部幼稚園科1年の、ゆいと、あみです!」
「あ、よろしくお願いします……」
引きつった笑みを浮かべながら、俺――三木俊は、冷や汗が止まらなかった。
まだ幼さが残る、数カ月前までJKだった女の子たちだ。
だが、問題はそこじゃない。
(教育学部の、幼稚園科1年……?)
俺の脳裏に、強烈な嫌な予感が走る。
幼稚園科の1年といえば、あのイタズラ好きの香織のクラスじゃねえか。
そもそも、なぜ理学部のパッとしない山内が、教育学部のピチピチの1年生と合コンのパイプを持っている?
なぜ、山内は俺と津島をあそこまで必死に誘っていたのか?
さっきサフランで「へぇ〜? 気になります?」と、すべてをエンタメとして楽しむようにニヤニヤ笑っていた香織の顔が、俺の脳内で一本の線として繋がっていく。
(まさか……あいつ、最初から俺たちをハメやがったな……!?)
俺がその恐ろしい真相に気づき、ガタガタと戦慄していると、隣に座る翔がいつも通りのポーカーフェイスでのんきに呟いた。
「えっ、幼稚園科!?同じ幼稚園科の知り合いより初々しいいな」
「お前は黙ってろ!!」
俺が小声で翔をキレ気味に制した、その時だった。
個室のドアが、勢いよく開いた。
◇◇◇
「お待たせしました〜っ! 遅れてごめんねみんな〜!」
満面の笑みで部屋に入った瞬間、予想通りの光景が目に飛び込んできて、私は内心で盛大にガッツポーズをキメた。
目の前で、三木先輩が「やっぱりお前か!!」と言わんばかりに般若のような顔で私を睨みつけている。絶望に染まったその表情、最高に計画通り。
山内先輩は私を見るなり「あ、アイドル山下さん!?」と間抜けた声を上げ、肝心の翔先輩もさすがにいつものマイペースとは違い、「なんで香織が」と少し驚いたように瞬きをしていた。
「もー、山内先輩! うちの可愛いクラスメイトたち、緊張させて待たせちゃダメですよぉ?」
私は三木先輩の殺気混じりの視線を綺麗にスルーして、あえて三木先輩の真隣の席に滑り込んだ。
チラリと三木先輩を見ると、目が完全に『お前、遥に言ったらぶっ殺すからな』と訴えている。
大丈夫ですよ、三木先輩。私はクローバーで飲んでいる時の先輩の「遥先輩一筋っぷり」を誰よりも知ってますから。だからこそ、先輩を浮気の心配が一切ない私の隣に隔離したんです。
私は視線を正面の翔先輩へと移した。
さっきサフランでも見たが、改めて間近で見ると、その完成度の高さに感嘆の息が漏れそうになる。
(わぁ……! 山内先輩、やるじゃん!)
私がクラスの女子に仕込んだ「理学部に隠れイケメンがいるよ」という噂に、これ以上ない説得力を持たせる完璧な普通の大学生だ。
「すごーい! 津島さん、写真より全然カッコいい!」
「ねえねえ、普段は何の勉強してるんですか?」
案の定、うちのクラスの可愛い女の子たちが、お酒の代わりにオシャレなノンアルカクテルを片手に、翔先輩へと一斉に群がっていく。
(うんうん、計画通り!)
すべては、私の壮大なマッチポンプ作戦。
普段はどれだけ美緒先輩がゾッコンでアプローチしても、1ミリも進展しない超絶鈍感な翔先輩。そんな先輩が「他の女の子たちに囲まれてチヤホヤされる合コンに行った」と知ったら。
サフランで待っている美緒先輩は、間違いなく嫉妬で脳内が完全崩壊して、ついに本音を爆発させるはず……!
さあ、美緒先輩を極限まで揺さぶるための、最高の特大花火をここで仕込ませてもらいますよ、翔先輩!
私はニヤニヤが止らない顔を隠しながら、翔先輩に向かってパチリとウインクを送り、場を盛り上げるように声をかけた。
「ほらほらみんな、翔先輩ってすっごくお話が面白いんだよ? 先輩、せっかくだからみんなに、得意な『理学部の面白いお話』、たくさん聞かせてあげてください♪」
それは、三木先輩との「物理トーク禁止」の約束を奈落の底へ突き落とす、可愛い悪魔の合図だった。
翔先輩は、私のウインクを不思議そうに見つめた後――
モデル顔負けの、**破壊力抜群な爽やかイケメンの笑顔**を浮かべた。対面の女子たちが一瞬でポッと頬を染める。
しかし、その完璧なビジュアルのまま、翔先輩はゆっくりと、いつものローテンションで口を開いた。
「了解しました。では、シュレディンガーの猫における幼児教育の相関性と、保育環境における熱力学的エントロピーの増大について解説します」
「……は?」
クラスの女子たちの動きが、一瞬で凍りついた。
隣で三木先輩が、本日最大級の深いため息をつきながら、ガシガシと頭を掻きむしっているのが見えた。




