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綺麗な服の秘密

昼下がりのサフラン。 私はカウンターに座り、美緒先輩の横顔を眺めていた。


カランコロン、と少し間の抜けたドアベルの音が店内に響く。


「……お邪魔します」 翔先輩だった。


――そして私は、二度見した。


「翔先輩!? なんか……綺麗じゃないですか!?」


美緒先輩も、グラスを落としそうになって固まる。


「えっ……えっ……翔……? なんで……そんな……」


翔先輩は、いつものヨレたパーカーじゃない。


白のボタンダウンシャツをさらりと羽織って、インナーは爽やかな変形ボーダーのTシャツ。


腰にはアクセントとして淡いブルーのスウェットが巻かれている。


ボトムスは綺麗にプレスのきいたネイビーのチノパンツで、足元は白ソールの黒スニーカー。


髪もワックスか何かできちんと整ってる。


“普通の大学生”みたいな、いや、クリーンで洗練されたコーディネートをしている。


むしろ―― 美緒先輩の顔が、一瞬で真っ赤になった。


「しょ、翔……今日……誰かと……会うの……?」


「え? ああ……まあ、“人”とは会いますけど」


美緒先輩の心臓が聞こえるほど跳ねた。


(完全に“デート”だと思ってる)


そこへ三木先輩と遥さんが来店。


「お、翔。今日なんか爽やかじゃん」


「ほんとだ。翔、いつもと違って……普通にイケメン……」


美緒先輩の肩がビクッと震える。


翔先輩は読んでいた漫画を閉じ、真顔で言った。


「今日は波動関数の収束条件を満たすために、服装を整えました」


「…………………………は?」


美緒先輩の思考が止まる。


遥さんがすかさずツッコむ。


「翔くん、それ全部間違ってるからね? 波動関数と服装は関係ないからね?」


翔先輩は真剣な顔で続ける。


「いえ、関係あります。服のシワが多いと、シュレディンガー方程式の解が乱れます」


「乱れないよ!!」


美緒先輩は顔を覆って震えている。


「しょ、翔……なんで……そんなに格好いいのに……言ってることは……量子力学なの……?」


私は横で腹を抱えそうになりながら、追撃。


「美緒先輩、翔先輩が綺麗な服で来た理由、気になります?」


「き、気にならない!! 気にならないってば!!」


「へぇ〜? 顔が“気になってます”って書いてますけど?」


「ち、違うの!! これは……その……量子ゆらぎが……!」


「大人が量子ゆらぎを言い訳にしないでください。意味分かって無いくせに」


遥さんが呆れた声を上げる。


「……なんでこの店、恋愛フラグが立ちそうな空気の中で、量子力学の話になるの……?」


三木先輩は笑いながら肩をすくめた。


「翔だから」


「『翔だから』で全部片付けないで俊!!」


美緒先輩は、翔の綺麗な服をチラッと見ては、また真っ赤になって俯く。


翔先輩はそんな美緒先輩を見て、首をかしげた。


「美緒さん、どうしました? 不確定性原理ですか?」


「違うわよ!!」


「観測すると状態が変わするので、気をつけてください」


「翔は黙っててぇぇぇぇ!!」


私はカウンターに肘をつきながら、確信した。


(……この“綺麗な服の理由”、絶対まだ続く)



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