マドンナ
木漏れ日があふれるキャンパス。ラフなTシャツ姿の学生たちが行き交う中、そこだけ映画のワンシーンのように、異質なほど華やかな空気をまとった一人の女性が歩いていた。
「うわ、今日も一段と気合入ってるなぁ、美緒先輩」
木崎美緒。文学部心理学科の4年生。この大学で彼女の名を知らない者はいない、学園のマドンナだ。
背中まで流れる艶やかな黒髪は、歩くたびに光を弾いて揺れる。
透き通るような白い肌、小顔で整った上品な顔立ち。
すっと通った鼻筋に、潤んだ大きな瞳。
すれ違う者すべての視線を吸い寄せる。
今日のコーディネートも完璧だった。
デコルテを美しく見せるスクエアネックの黒いタイトトップス。
その胸元には、彼女の可憐さを引き立てるように真っ白な大きなリボン。
ハイウエストの白いフレアスカートからは、すらりと伸びた脚が覗く。
モデルのようにスレンダーな体躯。
唯一の欠点と言えるAカップのラインでさえ、彼女の知性を際立たせていた。
余計な肉を削ぎ落とした芸術品のようなシルエットだ。
美緒が中庭のレンガ通りを歩くだけで、周囲の空気が変わる。
前方の男子学生グループは、美緒の接近に気づくや否やサッと道をあけた。
そわそわし始めたうちの一人のイケメン風の男が、緊張で声を裏返らせながら声をかける。
「あ、の! 木崎先輩! 良かったら、今夜の飲み会、一瞬だけでも顔出してくれませんか……っ?」
声をかけられた美緒は、歩みを止めることすらしない。
ただ、すれ違いざまに首をわずかに傾け、形の良い唇の端をきゅっと上げた。
誰もが「自分だけに微笑んだ」と錯覚する、完璧に計算されたマドンナの笑み。
だが瞳の奥には「気安く話しかけないでくれる?」という冷ややかな高飛車オーラが宿っている。
「ごめんなさい。私、今夜は大事な用事があるの。また今度ね」
鈴を転がすような声で男を一瞬で袖にし、美緒は風のように去っていく。
撃沈された男子学生は「いま、目が合った……」「綺麗すぎる……」と魂を抜かれたように立ち尽くしていた。
「相変わらず容赦ない高飛車っぷり。さすが一般人お断りのマドンナ様だよね」遠ざかる美緒の後ろ姿。
リボンを揺らし、知性的でどこか憂いを帯びた横顔。
周囲の学生たちは「彼女はどんな高尚な思考に耽っているのだろう」と畏敬の視線を送っているが――
しかしその頃、
美緒の脳内ではああああああもう! あと2時間! あと2時間で『サフラン』のシフト……!
翔くんに会える……ッ!!
さっき声かけてきた有象無象なんてどうでもいいのよ!
大事な用事?
当然じゃない、これから翔くんと同じ空間で息をするのよ!
今日こそ、今日こそはあの鈍感な理系脳を私の魅力で完全にノックアウトしてやるんだから……!
周りは勝手に「マドンナ様が高尚な思考に……」みたいな目で見てるけど、悪いわね、私の頭の中は100%翔くんよ!
昼間はあんなに冴えなくて、頼りなくて、ポンコツのくせに……あーもう、なんであの留年男に私がここまで狂わされてるのよ!?
悔しい、悔しいけど……大好きなんだからしょうがないじゃない!
待ってて翔くん!
今日のサフランでは、物理法則なんて吹き飛ぶ超重力で、あなたを私の底なし沼に引きずり込んであげるんだから――っ!!
……いや、もうすでに私の方が翔くん沼にドップリ沈んでる気もするけど
……そんなのどうでもいいわ、早く会いたいーーーっ!!!




