ランダウリフシッツってなに??
ついに新章突入 キャラが増えてドタバタが始まります
『ランダウ・リフシッツとは何?』
平日の昼下がり。ランチタイムのピークが過ぎた喫茶『サフラン』の店内に、ジャズが流れていた。
カウンター席では、常連の翔が、めずらしく熱心にスマホの画面をタップしている。
私がお冷やを注ぎに近づくと、あいつは画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「今日『ランダ厶・リフレッシュの会』の日だ。忘れてたな……」
「……え?」ラ、ランダム……リフレッシュ……!?脳内に、突如としてけたたましい非常警報が鳴り響く。
ランダムにリフレッシュ……!?
何よその、**『男女がランダムに入れ替わって秘密の癒やしを貪り合う、大人のいかがわしい会員制クラブ』**みたいな響きは……!!しかも、あいつは理学部物理学科で絶賛留年中の、さえない理系劣等生よ!?
大学の単位すら満足に取れないくせに、裏ではそんな大人のドロ沼実技サークル(?)に入り浸ってるってわけ!?
そのギャップ、いくらなんでも世も末すぎるわ!!
私がトレイを胸に抱いたまま固まっていると、翔がのんきに声をかけてきた。
「美緒さん。もしよかったら、美緒さんもランダウ・リフシッツの会、来ます? メンバーみんな歓迎しますよ」
「っ、ひゃ、百億年早いわよ、この変態っ!!」裏返りそうな声を必死で押し殺し、私はマドンナの仮面を貼り直した。
誘うって、何をよ!?
私をそんな桃源郷に連れていってどうするつもり!?
劣等生のくせに私を勧誘するなんて、身の程を知りなさい!!
「べ、別に、そんな怪しい会には1ミリも興味ないわよっ! あんたたちだけで密談してればいいじゃない!」
「やっぱり物理って、そんなに怪しいかな?」
「そりゃ怪しいでしょう。そんな会を開くなんて」
「美緒さん、これですよ」翔は分厚い本を取り出した。
『相対論的量子力学』ランダウ=リフシッツ著。
「あ、そうですか? 残念だな。じゃあ行ってきます」
翔は気の抜けた顔のまま店を出ていった。
◇
私は厨房に戻るなり、スマホを取り出して検索欄に震える指で文字を打ち込んだ。“ランダウ リフシッツ”表示されたのは――
【理論物理学教程】【非常に難解】【物理学徒のバイブル】。
世界一硬派で、超エリートな物理の読書会……!?
あいつ、劣等生のくせに……
文学部の私を、こんな難解な物理の読書会に誘うなんて……頭おかしいんじゃないの……!?
いや、待って。
だからこそ裏があるって思ったんじゃない……私……!っていうことは、何?
世界一不健全で、勝手に怯えて「変態!」ってブチギレてたのは――
私の方だってことぉぉぉぉ!?
「う、嘘……恥ずかしすぎる……っ!」私はバックヤードで頭を抱えてのたうち回った。
◇
翌日の昼下がり。サフランのドアを開けて入ってきた翔は、目の下に最悪のクマを作り、死にそうな顔をしていた。
「ちょっと、翔。昨日はその、ランダウなんとかっていう高尚な読書会だったんじゃないの?
なんでそんな無様な姿になってるわけ?」
自分の大恥を隠すため、私はいつも以上にキツいトーンで問い詰める。
「え? ああ……昨日、一気飲みしすぎてもう、完全な不可逆的ダメージ(二日酔い)を受けました……」
「は? 一気飲み? 物理の議論じゃないの?」
「何言ってるんですか、ただの居酒屋での定期飲み会ですよ。物理学科って、サークルの名前に無駄に難しい理論の名前をつけたがるんです。ランダウ・リフシッツは分厚くて重いから、『朝まで重い酒を飲む会』って意味の、ただのタイトル詐欺です……」
「……」
「じゃ、いつものブレンドください……」……ただの。
……ただの、男まみれの泥酔飲み会ぃぃぃぃぃ!?
高尚でもハレンチでもない!
私の脳内には、勝手に誤解して全力で断った自分への後悔が津波のように押し寄せた。ただの飲み会なら……!!
翔の友達の前で「看板マドンナ兼、彼女(暫定)」として堂々と乗り込めたのに!!
あいつから初めて外に誘われた、記念すべき機会だったのに!!
「あんたの脳みそ、一回物理的にハッキングして初期化してやろうかぁぁぁ!!」
(※心の中の叫び)私の初めてのお断りは、無慈悲なタイトル詐欺によって、この世で最も理不尽な大後悔へとすり替わったのだった。
毎日21時ごろ更新予定 次回新しいキャラ登場 お楽しみを




