香織は救世主?それとも小悪魔?
平日の午後。
喫茶『サフラン』は、今日も落ち着いた空気に包まれていた。……はずなのに、私の胸の中だけは昨日からずっとモヤモヤが渦巻いている。翔が来ない4日目。
そして今日で5日目。(……いや、落ち着け美緒。
別に来なくてもいいじゃない。
あいつなんて、ただの常連で……
ただの……)自分で言っていて苦しくなる。昨日、香織ちゃんから聞いた“クローバー改装中”という情報。
確かに理由の一つではある。
でも、それだけじゃ説明がつかない。(時間あるじゃない。
来ようと思えば来れるじゃない。
なのに、なんで来ないのよ……!)私はカウンターでカップを磨きながら、
何度目か分からないため息をついた。その時だった。カランコロン。またしても、あの小悪魔が現れた。「こんにちは〜、美緒先輩」昨日と同じ三日月みたいな笑顔。
昨日と同じ歩幅。
昨日と同じ“何かを知っている目”。(……来たわね、地獄の使者)私は努めて平然を装いながら水を持っていく。「いらっしゃい、香織ちゃん。今日もパスタ?」「はい! ミートソースでお願いします」席に座ると同時に、香織ちゃんはスマホを机に置き、
“今日も遊びますよ”と言わんばかりの笑顔を向けてくる。(この娘……絶対わざとよね……!)私は自然を装いながら、さりげなく切り込む。「クローバーの改装って……いつまで?」「あと4日くらいですかね〜。
あ、でも翔先輩、昨日は家にいましたよ?」「……は?」香織ちゃんは、わざとらしく首をかしげる。「SNSに“自炊チャレンジ3日目”って上げてましたし。
あの人、料理できるんですね〜」(……翔が自炊?
あの生活力ゼロ男が?)思考が一瞬止まる。「翔、自炊なんてするの?」「どうでしょうね〜。
あ、ミートソースお願いします!」また話題を逸らされた。(この娘、絶対知ってるわよね?
知ってて言わないで、私の反応を楽しんでるわよね!?)ミートソースを運ぶと、香織ちゃんはスマホをいじりながら言った。「美緒先輩って、翔先輩のこと好きなんですか?」「ぶっ……!」フォークを落としそうになった。「な、な、なに言ってんのよ急に!?」「え〜? 昨日からずっと翔先輩の話してるし、
今日も“家にいた?”とか“改装いつまで?”とか……
気になってるんだな〜って」三日月の目でニヤリ。(……この娘、分かっててからかいやがって……!!)私は全力で平静を装う。「べ、別に!
ただの常連よ!
気になってるわけじゃないし!」「へえ〜?」完全に信じてない声。香織ちゃんはパスタをくるくる巻きながら、
わざとらしく首をかしげる。「じゃあ、翔先輩が何してても気にならないんですね?」「当たり前でしょ!」「じゃあ、翔先輩が“誰と”何してても?」「…………は?」香織ちゃんは、肩をすくめて小さく笑う。「いや〜、翔先輩って意外と人付き合い広いし。
美緒先輩が知らないところで、いろんな人と会ってるかもしれないですよ?」(この娘、完全に私を揺さぶりに来てるわね?)香織ちゃんはさらに追撃してくる。「美緒先輩って、ほんと分かりやすいですよね〜」「分かりやすくない!!」「はいはい」香織ちゃんはミートソースを優雅に食べながら、
私の反応を一ミリも逃さず楽しんでいる。(くっ……!
なんでこの子、こんなに人の心を弄ぶのが上手いのよ……!
この小悪魔……!)私は心の中で叫び続けた。(翔……
本当にどこで何してるのよ……!!)――翔が来ない5日目が、こうして終わった。




