3日間こない
平日の昼下がり。
喫茶『サフラン』の店内は、いつも通り落ち着いた空気に包まれていた。
ジャズが心地よく流れ、窓際の常連客が新聞をめくる音だけが響いている。――なのに、私の心の中だけは大型台風が直撃していた。翔が、丸3日も姿を見せない。(……は? 何それ? 死んだ? 行き倒れ?
それとも、ついに私の美しさに耐えかねて他店に浮気した!?)普段なら「うざい」の一言で片付けるのに、
来ないとなると仕事が1ミリも手につかない。大学のマドンナであるこの私が、
あいつ一人に振り回されるなんてプライドが許さない。……でも、気になるものは気になるのよ!私はカウンターの中でコーヒー豆を計りながら、
何度目か分からないため息をついた。(……いや、落ち着け美緒。
翔なんて、ただのサフランの常連で、
別に特別な存在じゃ……ない……はず……)自分で言っていて苦しくなる。そんな時だった。カランコロン、とドアが鳴った。入ってきたのは、夜の居酒屋『クローバー』で翔の後輩をしている香織ちゃん。(……来たわね、救世主!)私は努めて平然を装い、お水を持って彼女の席へ向かった。「いらっしゃい、香織ちゃん。今日は授業終わった?」「あ、美緒先輩。そうです、お腹空いちゃって。
ここのパスタ、本当に美味しいですよね〜」香織ちゃんは無邪気に笑いながらメニューを開く。よし、ここから自然に翔の話題へ誘導するのよ、美緒。「そういえば最近、大学の近くに新しいパンケーキ屋ができたらしいわよ。
若い子が好きそうなやつ」「へえ、そうなんですね! あ、あとこの前のサークルの合宿なんですけど――」……おかしい。
話題が右へ左へスルスルと逃げていく。
一向に翔の名前が出てこない。むしろ香織ちゃんは、
時折私を観察するように三日月型の目でニヤリと笑っている。(……待って。この子、私が翔の情報を欲しがってるのを完全に分かって焦らしてるわね……!)背筋が凍るほどの小悪魔ぶり。私は必死に平静を装いながら、別の角度から攻める。「そういえば、クローバーって最近忙しいの?」「え〜、どうでしょうね〜。
あ、でもこの前、店長が新しいメニュー考えてて――」(違う! そこじゃない! 私が聞きたいのは翔のことよ!!)香織ちゃんは楽しそうに話し続ける。
その笑顔の裏に、確信犯的な悪意……いや、遊び心が見え隠れしている。(この子……完全に私で遊んでる……!)でも、もう限界!「――で、あいつはどうしてるのよ!?」私が食い気味に叫ぶと、
香織ちゃんは「やっと釣れた」と満面の笑みを浮かべた。「翔先輩ですか?
クローバー、今改装で1週間丸々お休みなんですよ。
だから私もここ数日、全然会ってないんですよね〜」「……え? 居酒屋、休みなの?」「はい。じゃあ私、ミートソースで!」注文を終えた香織ちゃんは満足そうにスマホを開く。私はその横で、
胸の奥がさらにざわついていくのを感じていた。(居酒屋が休みなら、なおさら時間あるはずじゃない……
なのにサフランに来ないって……どういうこと!?)私はカウンターに戻りながら、心の中で叫び続けた。(あいつ……本当にどこで何してるのよ……!)――翔が来ない3日目が、こうして終わった。(第12話・終わり)




