14.可愛いガールズトークは稀少(6章後)
「……あ」
おやつ時に腹減りを抑えられず食堂へ出向いたら、新聞を読みながらティータイム中のエデルさんがいた。
声を掛ける前、思わず目を奪われる。朝会った時は普通に下ろされていた金色の巻き毛が、綺麗に編み込まれているのだ。……可愛い。
見惚れていたら、視線に気づいたらしいエデルさんがこちらを見た。ヘーゼルブラウンの瞳が優しくしなる。
「あら、ヤマト」
エデルさんは、小さくおいでおいでをして私を呼ぶ。断るべくもない私はすぐさま駆け寄った。
テーブルの上にはティーセットの他に白い箱が置かれていた。何だろう。
「食べる? バーニェフィッツェ。有名なお店のだから、おいしいのよ~」
誰かが来たら一緒に食べてもらおうと思ってたの、と。少女のような若干うきうきした口調でそう言いながら、美しい指先が白い箱を開いた。
出てきたのは、言われた通りのバーニェフィッツェ。魚の形をした、マドレーヌのような焼き菓子だ。意匠を凝らした形状のそれは、めっちゃ旨そうな上にめっちゃ可愛い。……語彙力ゼロな表現だが、とにかくなんかこう、外見がレベル高くて味も良さそうなやつ。
「い、いいんですか」
「召し上がれ。お茶はいるかしら?」
「あ、い、いただきます」
恐縮しつつも、御相伴に預かることにした。
立場が下の私がお茶を淹れるべきかと思ったが、目の前にあるこのティーセットはエデルさんの私物だし、触ったら壊しそうで怖いから止めておく。
そしてこの判断は正解だった。お茶を淹れ始めたエデルさんの手つきは、素人目に見てもクオリティ高い。
振る舞い、外見、そして作法まで完璧とか。この人の女子力はどこまで高いのだろう。私から見たら、聳え立つ絶壁を見上げているような気分だ。
呆然としてる間にお茶がはいり、綺麗なティーカップが差し出される。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
受け取って、一口。
……どういうことだ、お茶でわかるのは種類と濃さのみの私でも、相当においしいと感じるぞ。
感動しつつバーニェフィッツェをパクつけばこれもまたおいしい。
向かい側には高女子力のスーパー美人。
な、なんだこれ……なんだこの空間。私ここにいてもいいの?
存在することが不安になりつつもしっかり食べる。あまりにもおいしくて、一分も経たないうち、あっという間になくなった。
「ご、ごちそうさまでした」
エデルさんが嬉しそうに微笑む。
「美味しかったでしょう?」
「はい! なんかもう、とろけるのにしっかりしてるっていうか……。美味しかったです」
表現力が来い。
だが、エデルさん的にはこの表現力でも問題ないようだった。
「ヤマトが一生懸命食べてるのを見ると、すごく癒されるわあ。食べるの好き?」
「は、はい」
「じゃあ、今度おいしいお店に連れて行ってあげるわね?」
「あ、ありがとうございます!」
あ、これ、愛玩動物系の扱いだ。……まあいいやエデルさん美人だし。美人に愛玩されるとか考える限り最高だろ。
「うふふ、楽しみにしていて。……あら」
何かに気付いたようなエデルさんが、突然手を伸ばす。その手は私の頭に向かっていた。細い指が私の前髪あたりを摘まみ、離れて行く。
「ホコリ、ついてたわよ~。女の子なんだから身だしなみはしっかりしないと」
「あ、す、すみません。……でも、女の子、ですか」
ホコリをつけてたのは反省するべきだが、私みたいなお下品腐女子が女の子扱いは違和感がある。せいぜい動物扱いが関の山だ。
「そうよ。いくら複雑な事情があるとはいえ、中身は女の子なんですもの」
あ、そっちか。
「き、気を付けます」
「よろしい」
ぺこりと頭を下げて宣言したら、エデルさんはにこりと笑った。
女の子は身だしなみに気をつけなきゃ、か。……その点、エデルさんは完璧だよね。
「……エデルさんは、いつもオシャレですよね。今日も編み込み可愛い」
「ありがとう。今日はうまく編めてるから褒めてもらえると嬉しいわ~」
素直にお礼を言えるところがまた女子力高いなあ。
それにしても、編み込み。解れもないし、巻き髪とマッチしててすごい可愛い。
またも、じーっと見つめる。
「……やってあげましょうか?」
え。
「あっ、す、すみませんそんなつもりじゃ」
あ、まずい。なんか催促してるみたいになっちゃったかな。
慌てて遠慮したら、エデルさんは優しく微笑んだ。
「ヤマトの髪は綺麗だし、少し触ってみたかったの。編ませて?」
自分が頼むという形で年下に益をもたらす大人力まで、だと……? もうこの人には絶対勝てんわ。降参です。
少し待っていてね、と言って食堂を後にしたエデルさんが戻ってきた時、両手にスタイリングの道具を抱えてきた。結構、本格的にやっていただけるらしい。
「ヤマトの髪、絹みたいね。羨ましいわ」
「いや、そんな」
しなやかな指が髪を梳いて形を整えていく。
他人に髪触られるのって、気持ち良くて好きだ。しかもエデルさんはすごい優しく触るからそれが倍増で。……なんか。
「エデルさん、お母さんみた」
「ヤマト、お姉さんまだ二十代よ~」
「ごっ、ごめんなさい!」
「うふふ」
なんだ今の殺気!?
ふ、普段は優しいお姉さんだから忘れてたけど、この人も歴戦の覇者なんだった……気をつけよう。不用意な発言をしたらどうなることか。今みたいになる。
その一瞬で噴き出した冷や汗が収まる頃には、編み込みが完成した。
「できた! う~ん、我ながらかわいくできたわあ」
満足げな声。いつも無造作ヘアなので多少頭が引っ張られてる感があるが、顔周りはすっきりしていい感じだ。はやく見たい。
「み、見たいです」
「はい、鏡」
大輪の花々の装飾がされた鏡を差し出された。こんなところまで女子力、と感心しながらも見てみる。
「わっ、かわいい……!」
「でしょう?」
冠のように円を描いて頭を一周する編み込み。ボリュームが出すべきところは盛られ、地味ではなくしかし派手過ぎず清潔感がありしかもまとまりまで。
すげえ、美青年がオシャレ美青年になった! わー、可愛い! すごい可愛い!
これ、どうやったらできるんだろう。なんかすごい手さばきでぱぱっとやっていただいたけど、相当大変なんじゃ。
「あーっ!」
感動していたら突然叫び声が耳に届く。
なんだ!? と思ったら食堂の入口にエナとソルが。叫んだのはエナか。
「何それっ! かわいい!! エデルさんエナにもやって!!!」
エナは叫びながら走ってきた。大興奮だ。
それを、あらあらうふふみたいな感じでエデルさんが迎える。
私はエナに席を譲った。ありがとっ! とお礼を言ったエナが勢いよく椅子に座る。
「ヤマトくらいかわいくして!!」
「はいはい」
エナはこういう可愛く甘えられるとことか、女子力高いよなあ。思い返せばニーファもファッションにはうるさいし、ジェーニアさんも結構身だしなみだのなんだのは整っていて……あれ、コロナエ・ヴィテで女子力低いの私だけ?
絶望感が浮かんだが、死にたくなっても困るので頭を振って霧消させた。あ、頭を振ったら盛ったところだけ髪が揺れた。なんか違和感あるけど面白い。
と、この女子力空間で言葉を発していない人物がいることに気づく。ソルだ。お喋りなのに珍しいな、と思いつつソルの方を見たら。
……真顔で凝視されてた。
「あ、変、かな」
「……いや、好き」
まさか好かれるとは。
その後、ソルはずっと凝視してきた。目を合わせられない私はずっとあらぬ方向を向いていた。
なんなんだろう、何かがソルの琴線に触れたんだと思うけど、それがつかめる私ではなかったのだった。