設定は話し合いで決まるもの
配信を終え、俺は自室に戻ってきた。
シャルからおすすめされたアニメを流しつつ待っていると、呼び出しを受けた面々がぞろぞろと『どこまでもドア』から現れた。〝悪堕ち〟したみなさんである。設定的にね。
「あの門の魔物ってなんなの?」
俺は開口一番、疑問をぶつける。
椅子を用意していたのに立ったままのイリスが応じた。
「その前に、キミに伝えておかなければならないことがある」
姿勢よく椅子に座るマリアンヌお姉ちゃんが、ややげんなりしているのはなぜなのか?
「昨夜、ボクたちが捕らえられたとの虚偽の配信を行い、キミたちと別れてダンジョンに残ったあとのことだ」
虚偽とか人聞き悪いな、とのツッコミは飲みこみ、話を聞くと。
「ダンジョンに、スカウトされただぁ?」
いかん、チンピラみたいな口調になっちゃった。今見てるアニメが仁義なきスペース任侠モノだからその影響が……。
「ああ。正確にはボクたちの前だけにアナウンスが表示された、一方的な事後報告だよ」
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【スタッフ登録のお知らせ】
このたびは当ダンジョンの運営にご協力いただき、誠にありがとうございます。
皆様を当ダンジョンのスタッフとして正式に登録いたしました。
スタッフの皆様には、挑戦者へ適度な試練をご提供いただけますようお願いいたします。
そのための各種魔物を順次配属いたしますので、ご活用ください。
今後とも、当ダンジョンをよろしくお願いいたします。
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内容を一言一句覚えていたイリスによるとこんな感じ。
「なんでスタッフ認定されたんだ?」
「あくまでボクの推測だけど、『スズキ』なる男の口上を真に受けたんじゃないかな?」
スズキ氏(中身は俺)、なんか言ったっけ?
「最後に言っただろう? 『ダンジョンマスターの手足となって働いてもらう』という趣旨のことを」
あー、なんか勢いで言った気がする。
「これも推測だけど、あのダンジョンの思考は極めて単純で純粋なんだと思う」
加えて、とマリアンヌお姉ちゃんが言葉を継ぐ。
「学習意欲も高いと感じました。要するに、子どもなんです。好奇心が旺盛で、素直でがんばり屋な」
部屋の隅に立つリザがこくこくとうなずく。
マリアンヌお姉ちゃんは続けた。
「だから下手につっぱねて刺激するより、こちらも素直に提案に乗ろうという結論に至りました」
そうして、ぺこりと頭を下げる。
「ハルト君、ごめんなさい。何が起きているのか、確かめてからお伝えしようと思っていたのですが、けっきょく事後になってしまって……」
申し訳なさそうにしてはいるが、
「そのわりにノリノリでしたよね?」
「え? いえその、どうせなら楽しもうかと……」
てれてれする王女様。実はけっこうおちゃめなのよね。
イリスが話を戻す。
「ともあれ、ひと晩ダンジョンの中で様子を見ていたら、あの門の魔物があてがわれた。倒していないのにリザの『異形蒐録』に登録されていたから、完全にボクたちを仲間だと思っている。今後も追加される魔物のデータはこちらですべて把握できそうだけど、伝えるかい?」
答えはわかってるくせに。俺は首を横に振る。攻略情報があるゲームを楽しめるタイプじゃないのだ、シャルちゃんは。
「ま、状況は理解した。んじゃ、今後も現場の判断に任せるってことで」
三人がうなずく。
「とはいえダンジョンの中で生活すんのは不便だよな。それぞれの部屋にダンジョン内を行き来できる『どこまでもドア』は置いとくから、自由に使ってくれ」
シャルたちには見つからないようにね、と念を押してから、気づく。
「……フレイ、どこ行った?」
ダンジョンから四人がいっしょに来たところは見た。
イリスやマリアンヌお姉ちゃん、リザが配置につくところも記憶がある。が、フレイはそのままどうしてたっけ?
と、リザがリビングへ抜けるドアを見やる。
「ソウジキの音が、聞こえる」
なんで? と思った直後。
「フレイ!? なぜここに!?」
シャルちゃんの声だ。
「おかしなことを訊く。なぜもなにも、私はハルト様の第一の従者。毎日の掃除をおろそかにはできまい。と言いつつ昨日はできなかったからな。今日は徹底的にやってやるとも!」
「なるほど? ですけどフレイは昨日、ダンジョンに囚われたのでは?」
「ふっ、私が? ふふふ、まさか。ふふふ……」
「はっ!? もしかして、記憶が……?」
「ははは、シャルロッテ。いったいさっきからなんの話をしているんだ?」
あいつ、触手にぐるぐる巻きにされて捕まったのをなかったことにしたいらしいな。実際、配信が終わったあとも大暴れで触手を粉砕してたし。ああ、あれで勝った気でいるのか。
しかし面倒なことになったと思ったが、これは使えるな。
俺は三人に作戦を簡単に告げてから、リビングへ飛び出した。
「シャル、よく聞いてくれ」
リビングにはユリヤとノエルさんもいた。一方は楽しそう、もう一方は大混乱中。
「どうやらフレイたちは、ダンジョンの外に出ると中でのことを忘れてしまうらしい」
俺は真面目な顔で語る。
ちなみに俺の背後で得意げな顔をキメているフレイの耳は、透明な結界で塞いでいる。
「そして再びダンジョンに入れば、何かしらの事情でお前たちと対立してしまうようなんだ」
なにやらショックを受けているシャルに胸が痛むも、俺はフレイに向き直る。ケモ耳につけた防音結界を外した。
「俺のことはわかるな?」
「ふっ、私がハルト様のことを忘れるなどあり得ません」
耳をまた塞いだ。
「ダンジョンで何があった?」
「?」
きょとんとするフレイ。余計なことを言う前に、俺は玄関の外に合図を送った。
「ただいま」
「た、ただいま帰りました」
「……ただいま」
がちゃりとドアが開き、お三方の登場である。俺の部屋から急遽外に出てもらい、今帰った風に入ってもらったのだ。
「イリスさん、マリアンヌさま、リザ」
てとてと三人に歩み寄るシャルちゃん可愛い。
「みなさん、今までどこに?」
「ああ、ダンジョンにいた……ような気がする、かな?」
イリス、ちらちら俺を見ないで。『いい感じで対応してくれ』って無茶振りだったなあとの自覚はあるんだよ。
「な、なにか大切な用事だったように思いますけど、よく覚えていないんですよね、あはは……」
マリアンヌお姉ちゃん、がんばってくれてるけどなかなか苦しい。
「……」
そしてリザは沈黙を選んだ。シャルを騙すの嫌だもんね、わかるよ。
と、ずずいっと割って入ったのはノエルさんだ。
「みなさん、私の目を見てください」
言われ、三人はとまどいながらもノエルさんの青い瞳をじっと見る。
「……ありがとうございます」
ノエルさんは伏し目がちに言うと、俺とシャルの手を取り、ユリヤにも目配せしてリビングの端っこへ引っ張ってきた。
「正常、でした。フレイさんも含めて、なにかしら精神に干渉されている形跡はありません」
まあ、そうですよね。実際なんもしてないしされてないし。
「でもノエルさん、イリスさんたちはダンジョンで、その……」
「はい。ですがあのときも、精神に干渉されている風には見えませんでした。イリスさんも『操られたり洗脳されたりはしていない』と」
ノエルさんは「ただ」と続ける。
「自我が芽生えたダンジョンとなんらかの契約を交わしたのなら、外と中で記憶の連続性が失われる可能性も否定できません」
シャルと俺に衝撃が走る。そうだったのか。
「ノエルさん、どうにか元に戻せませんか?」
「無理に契約を断てば、どんな影響があるか、私にもわかりません。すくなくともダンジョンが彼女たちを『仲間』と認識しているのなら、ダンジョンを攻略してしまうのが確実ではあると思います」
苦悩を眉間に集めるノエルさん。
この緊迫した雰囲気を破るようにお気楽な声が入ってきた。
「だったら四人ともどこかに軟禁でもして、ダンジョンに入れないようにすればいいんじゃない?」
この、ユリヤ、おま、なに言ってくれやがるんだよ。
にやにやした笑みからして、俺を困らせて面白がってるっぽいな。
どう答えようか考える中、ノエルさんが応じてくれた。
「いえ、それもまた危険かと。記憶の齟齬に疑問を持っていない時点で、無意識に契約に縛られているのでしょう。閉じこめるのは、その縛りを無理に断つのと同じことになります」
「なるほど。ダンジョンさんのお手伝いができないと、ダンジョンさんが怒ってなにをするかわからない、と」
「ええ、おそらく精神に強烈な負担が――」
ノエルさんはハッとして、「そうか、だからガインはあんな風に……」などと独り言ちている。
言い出しっぺのユリヤが肩を竦めた。
「だったら四人への干渉は極力しない方がいいわね。ダンジョンの中でも話は通じるのだし、わたしたちは今までどおり攻略を進めるってことで」
シャルちゃんはがぜんやる気になる。
「そうですね。愛と勇気と友情の力で、みなさんを救いだしましょう!」
おーっ、とちいさなこぶしを高々と掲げる。俺とユリヤ、そして控えめながらノエルさんもそれに応じた。
なんかよくわからんが、収まるところに収まった、のだろうか?
やたら設定が追加された気がするが、まあ結果オーライだ。これでフレイたちが拠点にいても不思議がられないし。
あ、でも我が事務所の所長さんには、どう説明すればいいんだこれ?




