第一章 4部 【柔らかいパンと熱いスープ】
ケルヴィスは食堂に入り、奥に進む。
店員の「いらっしゃい!」という元気な声が飛ぶ。
食堂の中は、テーブル席がいくつもあり、賑やかだった。
厨房から肉が焼けるいい匂いが漂ってきている。
「あ、あの……ケルヴィスさん」
「ん?」
「今さらですが……こんな格好で入って大丈夫でしょうか?」
「ああ。気にしなくていい。ここは砦の中だから、兵士も多い。シアより薄汚れた格好で歩いてる奴はたくさんいる」
「やっぱり私の格好ちょっとひどいですよね……すみません」
シアは服の裾を指で摘まんで、そっと鼻を近づけた。
「あっ!いや、そう意味じゃないから!気にしなくていいんだ――あそこに座ろう」
ケルヴィスは、奥を指差した。
入り口から見えなくなっており、扉はないが仕切りがあり、小さな部屋みたいになっている。質素なテーブルと椅子が2つ置いてあった。
席に着き、すぐに店員が水を持ってきた。メニューを見てケルヴィスがシアに聞いてくる。
「シア、何が食べたい?」
「私、こういうのわからないので……ケルヴィスさん、選んでもらってもいいですか?」
「じゃあ、俺のおすすめでもいいかな」
「はい。あの、出来れば少なめでお願いします」
「たくさん食べないと大きくなれないんだぞ」
「……たくさんは、食べ慣れてないので……」
ケルヴィスは一瞬言葉を詰まらせた。
「――分かった。じゃあ、パンとスープなら、どうだ?」
「たぶん、食べれるかと」
ケルヴィスが店員を呼んで注文した。
シアは、こうした食堂での食事は初めてだ。料理が運ばれてくるまで落ち着かず、何度も水を口に運ぶ。あっという間にコップが空っぽになる。するとケルヴィスが水を注いでくれた。
「シア。水を飲みすぎると食べられなくなるぞ」
「あっ!そ、そうですね」
それでも水を飲んで、そわそわするシアをケルヴィスは微笑ましく見ている。
しばらくすると、香ばしい香りとともに温かいパンとスープが届いた。
そっと、シアはパンに手を伸ばす。
「わあ……こんな、柔らかいパン……あるんだ」
手に取った瞬間、シアは驚いて思わず小さな声が漏れる。
(私が孤児院で食べていたのは、固くて黒いパンばかりだった……)
あそこで食べていたのは何だったのかと疑ってしまうほどだ。
「パンはちゃんと噛め。スープも美味しいから、熱いうちに食べろよ。火傷しないように気を付けて」
「はぃ」
ケルヴィスから幾つも注意を受けて、ゆっくり、噛み締めるようにパンを口に運ぶ。
スープの湯気が立ち上ぼり、温かさがじんわりと器を通して手に伝わる。シアはスプーンで掬ったスープを、ふーふーと冷ました。
ひと口ずつ慎重に運び飲み込む。その度に、頬が緩む。
ケルヴィスの表情もシアには柔らかく見えた。
ケルヴィスが3皿も食べ終わる間に、シアはやっと1皿食べ終えた。
食事の量の違いに思わず感心してしまう。
「お腹は満たされたか?」
「はい、もうお腹いっぱいです。ケルヴィスさんは、たくさん食べられるんですね」
「守衛なんかは体が資本なんだ。食べておかないと、有事があったら――次の食事はいつになるか分からないからな」
「そっか、そうですよね。私ももっとたくさん食べれるようになりたいな」
シアは、うっすら残ったスープに映る自分の顔を見て呟いた。
子供なのに、同年代と比べて幼い顔立ちに、小柄な体。何年たっても、シアはあまり変化がなかった。
「なれるさ、きっと」
ケルヴィスは笑ってシアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
食後のお茶を頼み、ケルヴィスが口を開いた。
「さて、シア。辛い部分もあるかもしれないが、話しをしてもらえるかな。」
そう聞かれたので、シアは一口ごくんと水を飲み、少し間を置いてから話し始めた。
◇ ◇ ◇
「なるほど、その黒いローブの男とハルザムの国王が原因ってことか?」
「はい……他の子や兵士はどうなったか分かりません」
他の子供達の事を思い出し唇を噛み締める。
ケルヴィスはシアの目を真っ直ぐ見て、ゆっくりと話す。
「シア、聞いてほしい。すぐにでも子供達の無事を確認したいとは思うが、今は無理なんだ――」
ケルヴィスは、苦しそうな表情をして、一度言葉を切った。
「すまない、あの神殿を調べるには国境を越えなくてはならなくて……下手すれば、戦争になる可能性もある」
「……はい」
シアは俯いて手をぎゅっと握りしめる。
(ケルヴィスさんの言いたいことは理解している……マーシャ、無事だといいけど)
「亜人種族の子供達が連れ去られているから、国としては何か行動は起こすはずだ。ちゃんと上に報告するから、友達が心配で辛いだろうけど、我慢してほしい」
シアは無言で頷いた。
(今、私に出来るのは、無事を祈ることだけだ――どこかに、神様がいればだけど)
◇ ◇ ◇
シアの現状を確認してケルヴィスは考える。
神殿での出来事について、いずれ国の担当者から色々聞かれる。子供でも長期間拘束される可能性があった。
もう一つの問題は、シアのこれからの事である。
(この子は、これからどうなる……?)
シアは同情されるのが苦手らしく。あまりケルヴィスが憐れに思っても、嫌がられ距離をとられるだろう。
(この子が、安心して生きていける場所はどこにあるのか。
俺の時みたいに、毎日の暮らしに苦しんで……。そんな思いは、させたくない。絶対に)
ケルヴィスは、昔の自分を思い出した。生き抜くのに必死だったあの頃、味わった苦痛、屈辱、そんな過酷な状況をこの子には与えたくないと思った。
――シアのような年頃で、身寄りのない子供がどこへ連れて行かれるか、想像はつく。
綺麗な顔をしていれば、それだけで“値がつく”。
かつての自分のように――。
ケルヴィスは無意識に拳を握っていた。
「シア、話は変わるけど……お前は、これからどうしたい?」
「これから、ですか?」
シアは返事に困ったようで、少し目を泳がせた。
「隣国との事を解決するには時間がかかる。その間、何かしないと生活できないだろ?」
「……確かにそうです、よね」
(おそらくシアは神殿での出来事だけで頭がいっぱいだろうな)
「ああ、孤児院に戻ってみるか、それとも職を得て生きていくか。……養子に入るという選択肢もあるが」
どこかの家に受け入れて貰えば飢えに苦しむことはなくなる。
だがそうなることが良いとも限らない。
「さて、どうしようか」
ケルヴィスは考えを巡らせながら、シアをじっと見つめた。
前々回がちょっと暗かったので、ほっとする場面になっています。




