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捨てられた少女は銀の騎士と夜明けをさがす――黄昏の少女と薄明の騎士――  作者: 古東 白


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第一章 2部 【黒い霧と赤い蝶】


「……ふぁあ、良く寝た。何か良い夢を見た気がする……」


まだ夜明け前だ。

いつのまにか眠っていたらしい。


昨日の昼から夜まで、境界の森を巡回していたケルヴィスは、木の上で足を伸ばし、幹にもたれ掛かかっていた。

夜が明けたら砦に戻り交代となる。


「……まだ交代の時間には早いな。もう一回りしておくか」


大きな欠伸(あくび)をひとつした。

重い腰をあげ、交代前の巡回を始める。


この境界の森は国境付近で、侵入者が時々現れる。

以前は禁制薬の密売人を捕まえたばかりである。


「夜は何もなかったな。あまり歩き回るのも疲れるし。シルフ、森に異常がないか見てきてくれ」


木の葉がサラサラと揺れ動く。


「ん……動物が縄張り争いか。問題ないな」


地面に飛び降りて、ゆっくり歩き出す。


境界(きょうかい)の森”から北側は小高い山になっている。そちらへ向かい、山道を歩く。その山の中腹の(ひら)けた場所から隣国を眺めた。


「いつもと同じ、か。異変があっても困るんだけどな」


しばらく見ていたが、何も変化は起きない。

その場から離れようとした瞬間、東側から肌が粟立つ嫌な気配がした。


「何だか分からない魔力が大きくなっていく、ハルザムの方か?」


慌ててシルフを喚び、風を纏い、木の上まで一気に駆け上る。


「シルフ、急げ!」


上に着いた瞬間、雷が落ちたような大きな魔力音が聞こえた。

同時に岩壁の麓から、大きな魔力と風が押し寄せて来た。



「ぐっ……踏ん張れ!!」



シルフに命令し、風をコントロールさせながら木の幹にしがみつく。

しばらくすると静かになった。警戒しながら神殿を見つめる。


目に魔力を込めて遠見を行うと、"冥府の門"と呼ばれた神殿があった場所には、黒い霧が立ち込めている。


「……何が起きた?」


見たことのない光景だった。


「……あの黒い霧が、善いものか悪いものか、分からないな」


見た事を小さな紙に書き留めて、それを折りシルフに砦に向け風で届けさせる。


「誰かが気づくように届けてくれ」


黒い霧の様子を窺っていたが、小一時間たっても変化はない。砦からも返信がないので、訝しく思った。


「さて、どうするか。とりあえず、もう少し近くまで様子を見に……」


その時、目の前にふわりと、見たことのない赤い蝶が現れる。


そこで、蝶から変な力を感じると、シルフが騒ぎ始めた。

早くついていけ!とシルフが急かす。


「変な好奇心からじゃないだろうな?俺もあの赤い蝶は、気になるけど……」


とりあえず、シルフの言う通り蝶についていく。

導かれるように"境界の森"まで戻ると、やがて小さな影を捉えた。

いつの間にか、蝶はいなくなっていた。


小さな影は、必死になって走っているように見える。

そこで木から木へと飛び移り、その人物の前に降り立った。


「おい!止まれ。お前はどこから来た!」


鋭い声で威嚇し、剣の切っ先をその相手に向けた。


「ひっ!」


子供はその声に驚き、その場に尻餅をつく。全身震えている。


「……子供、か」


ケルヴィスは、思わずそう呟くと子供を観察した。

知っているような、変な既視感を覚える。


「お前……俺と初対面、だよな?」


肩まで伸びた、ボサボサの汚れた髪を、後ろでひとつに結び、前髪も伸び放題。

とても痩せていて、足が折れそうに細く、裸足だ。元は何色とも分からない薄汚れた簡易なシャツとズボンを身に纏っている。


子供が怯える様子に剣を仕舞った。


「……やぁ、驚かせて悪かった。どうして、そんなに怯えている?」


子供はなかなか話さない。焦れて来るが、口を開くまで待ってみる事にした。


「……悪い人が追いかけて来たのかと……」


子供がやっと口を開き、掠れた声で話し始めた。


「……ハルザムの神殿で殺されそうになって、逃げてきました……」


顔を伏せ、全身震えながら子供は答える。


「……殺されそうになっただと?」


ケルヴィスは思わず子供の肩を掴んで体を揺らした。

子供はビクッとして、ケルヴィスの手を振り払い後ずさった。


「あ、いきなり掴んですまなかった。怖かったよな……」


ケルヴィスは子供の目線に合わせるように腰を落とした。


「そうか……それで、この森まで逃げてきたのか?」


子供は警戒しながら、小さな声で答えた。


「その……いつどうやって逃げたか覚えていなくて……」


子供の様子を見るに、本当に分からないようだった。


「覚えてる事だけでいいから、教えてくれないか」


「……神殿で子供が何人も殺されて……私は、友達を助けようとして、兵士に飛びかかったんです……気づいたらこの森で………」


子供は、両手を固くぎゅっと握りしめた。



「……あと、"境界の森"のダークエルフは冷酷無慈悲だから、逃げなきゃ酷い目に遇うと……違う、んですか?」


子供がそんな事を言った。

ケルヴィスは顔をしかめる。確かに、小麦色の肌と尖った耳から判断するとケルヴィスはダークエルフに見える。


「俺はそんな事はしない。……正確にはハーフだ。そんな話は誰から聞いた」


思わず不機嫌な表情になる。


「誰だ、そんな出鱈目を言ってるのは、見つけたら絶対訂正させてやる」


「私をここまで連れてきた人が言っていて……俺も、お前達も不法に出国するんだから、“境界の森”で捕まってしまったら……次の日には砦に首だけ吊るされるぞ、と」


「はあ、風評被害もいいところだな……うるさいぞシルフ」


耳元をくすぐるような風がぴゅーと吹いてシルフのケラケラとした笑い声が聞こえた。

シルフの声は聞こえないだろうに、子供は怪訝な顔をしている。


「あーこほん。……君は、フェルノートから誘拐されたのか?……"境界の森"を抜けるには案内が必要なんだよ」


――隣国ハルザムでは、亜人を下等と見て、売買の対象にするもの達がいる。

そんな連中は、人の目を避け"境界の森”を通り抜けていく。

だが、ここは初見では抜けられない。


「誘拐……ええと、仕事を貰えると言うので自分でついていきました。孤児院はもう出ないといけない年なので……」


「なるほど孤児なんだな、騙されてハルザムに連れていかれたのか」


「……はい」


子供は頷いて項垂れた。

騙されたという事実に、改めて落ち込んでいるのかもしれない。


「俺は“境界の森”で守衛をしているケルヴィスだ。君の名前は?」


「人買いにシアって名前を貰いました。……名前がなかったので」


ケルヴィス思わず眉間に皺を寄せた。その後、気を取り直してシアに笑いかけ、立ち上がれるように手を貸す。


「よし、とりあえず保護しよう。俺について、歩け……なさそうか」


靴も履いてない、傷だらけの足で立ちつシアの様子を見て、ケルヴィスは歩きは無理と判断した。

ひょいっとシアを横抱きに持ち上げる。


「あっ!」

「少し走るから掴まってろ。それにしても軽いな、何歳だ」


シアは急に抱き上げられて恥ずかしいのか顔を隠した。耳が少し赤くなっている。


「……15です。あの歩けますので、下ろしてほしいです」


シアは両手でケルヴィスの胸をぐっと押し、足をばたつかせて地面に降りようとした。

ケルヴィスは腕に力を込めて抱き直す。


「裸足で歩いたら足を痛めるぞ、大人しくしていてくれ」


裸足で痛かったのだろう。

ケルヴィスがそう言うと諦めたように静かになった。


「それにしても15にしては痩せすぎだ。シアは体にもっと肉をつけてもいいと思うぞ」

「言われると、そうなんですけど……食べ物を分けて貰えるほど……余ってなかったんでしょうね」


淡々と話すシアにケルヴィスはツキンと胸が痛む。


「そうか、悪い」

「気にされると、こちらが返答に困るんです……“可哀想”って顔されるの、苦手で」


「お前は年の割にしっかりしてるな。俺なんか、同じ年頃にはしょっちゅう泣いてたぞ」


おどけた調子で言うと、シアは少しだけ笑みをこぼした。


シルフを呼び出し、追い風にしてもらう。少しだけ走る速度が上がった。シアを抱えながら森を駆け抜け、十数分程で到着した。

その間、シアはおとなしくケルヴィスにしがみついていた。


「……ほら、あそこが守衛砦だ。よく頑張ったな、シア」


そう言って、そっとシアを地に下ろす。軽く、頭に手を乗せて撫でてやった。

シアは目元を潤ませながら、小さく息を飲んだ。


「……はい。ありがとうございます」


その声はかすれていたが、ほっとした空気が流れる。

砦を見上げるシアの安堵した表情に、ケルヴィスは胸を撫で下ろした。


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