十六.獄中の真実(三)
夫に手を引かれながら星明かりの下を歩き、やがて玲穎たちは、蒼花殿の一室に腰を落ち着けた。真冬の深夜の寒さに震える彼女の身体を、抱きかかえるように座らせ、直謙は険しい表情で玲穎の顔を覗き込む。
「玲穎、先ほどの続きだが。……堕胎薬とは、どういうことだ?」
地を這うような低い声に問い詰められ、玲穎は観念して項垂れた。
(ここまで言うつもりはなかったのに……)
玲穎は視線の圧力に抗えず、恐る恐る言葉を紡いだ。
「寝付けない時に使っていた眠り薬の中身が、近頃、違っているように思えたんです。気味が悪くて、でも捨てるところを見咎められるのも怖くて……。ずっと持て余したまま、手元に置いていました。そして今朝、琴華様に相談したところ、すぐに医官に確認してくださり、堕胎薬だったと判明しました。──殿下に事の次第をご報告に上がる、直前のことです」
琴華公主の名を出した瞬間、直謙は不機嫌そうに目線を逸らす。「……なにゆえ、琴華なのだ」と不貞腐れたように呟くものの、やがて彼は目を瞬かせて玲穎に向き直った。
「中身をすり替えたのは……、愛凌か?」
玲穎はかすかに俯き、言葉に詰まった。
直謙が頻繁に玲穎の元を訪れていたことは、周知の事実となっていた。側妃や子どもたちを狙った下手人も、判明していなかった。
もし玲穎が、直謙の子を身篭ったら──。魯妃がそんな不安を覚えたのも、仕方のないことだっただろう。
「確証はありません。……元々、不眠の相談に乗ってくださったのは、魯妃様でした。薬を入れ替えられたことに気付く数日前、見慣れない洗濯女官がこちらの殿舎に出入りしていて……。のちに魯妃様の侍女が声を掛けておられたのを偶然見て、不思議に思っておりました」
「……そうか」
そう言って頷いた直謙が、改めて玲穎の身体を抱き寄せた。大きな手のひらが幾度も、彼女の背を撫でる。もはやすっぽりと全身を覆われるような形の体勢に、玲穎は目を白黒させた。
「あの……殿下? これでは、身動きが……」
「動かなければ良い」
淡々と返され、玲穎はひたすらに戸惑う。
二人とも真冬の牢獄に居たせいで、身体が完全に冷え切っていた。しばし無言で抱き合っていると、触れた場所から少しずつ熱が生まれ、お互いの全身をゆっくりと温めていく。
おずおずと指先を伸ばした玲穎が、自分の肩に添えられた大きな手のひらに触れると、直謙は躊躇うように口を開いた。
「……寒いと、申していただろう」
玲穎は思わず息を呑む。
先ほど春海に、呪いのような言葉を投げかけられたことを、案じてくれていたのだろうか。母を人質に取られ、けれども夫を裏切り続けることにも限界を迎えていた頃、我知らず零してしまった言葉を、ずっと気に留めてくれていたのだろうか。
(……こんなにも、お優しい方だったなんて)
胸の内が引き絞られ、呼吸が出来なくなる。
彼が心から愛しいと思う気持ちと、これ以上近付いては駄目だという気持ち。交互に訪れるその感情に、玲穎は奥歯を噛み締めた。
玲穎自身は踏みとどまったが、彼女の侍女が、父が罪を犯したことに変わりはない。いや、止められなかった時点で、玲穎とて同罪だ。これから彼女は、罪人の娘として裁かれることになる。
だが、この腕の中はあまりにも暖かくて、どうしても離れがたい。彼の温もりに、ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、玲穎はうつらうつらし始めてしまう。
「でんか……」
掠れた声で夫を呼ぶと、彼は小さく笑って背中を撫でてくれた。手のひらから伝わる、確かな温度。しっかりと身体を抱く腕の力強さに、涙が零れそうだった。
直謙は彼女の耳元に唇を寄せ、あやすようにそっと囁く。
「何も考えるな。……今は、眠れ」
まるで穏やかに寄せる波のような低い声に誘われ、玲穎はゆっくりと目を閉じた。




