表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

十四.獄中の真実(一)

「……玲穎(れいえい)なら、()()には居ないぞ」


 ハッと息を呑んだ春海(しゅんかい)が、慌てて檻の中を振り返る。かすかな月明かりに浮かぶのは、引っ立てられた時に着ていたままの襖裙(おうくん)を身に着け、長い黒髪を乱して座り込む人物だ。だが、皇太子に促されるようにゆっくりと顔を上げたのは、玲穎とは似ても似つかぬ──額に傷のある男だった。


「背格好の似ている宦官(かんがん)を、身代わりにしていた。お前が、今夜にも玲穎を始末しに来るであろうことは、想定していたからな。──自ら火中に飛び込んできてくれて、礼を言う」


 吐き捨てるように告げ、直謙(ちょくけん)は自分の背後に向かって腕を伸ばした。官服を(まと)い、近侍(きんじ)のふりをしていた玲穎が、恐る恐る夫の手を取り前に進み出る。彼は隣に並んだ玲穎の肩を力強く抱き寄せ、茫然自失(ぼうぜんじしつ)状態の春海を冷たく見下ろした。


影廠(えいしょう)に連行される直前、玲穎は私に全てを語ってくれた。清寧殿(せいねいでん)でのあのやり取りは、お前たち黒幕を引きずり出す芝居だったわけだ。……残念だったな。犯人(おまえ)が愚かで、こちらは助かったよ」


 いつになく好戦的な物言いの直謙に戸惑い、玲穎は彼の横顔をそっと見上げた。その理由を、肩を抱く手に痛いほどに込められた力に見出すことは、自惚(うぬぼ)れだろうか。



『そなたは私が守ると言っただろう。……話してくれ。そなたを苦しめてきた、全てのことを』



 誰かの言葉を信じよう、信じたいと思ったのは、生まれて初めてのことだった。琴華(きんか)公主の手引きで、朝議(ちょうぎ)の直後に夫と対面した玲穎は、(うつむ)きながら文字通り「全て」を告白した。

 事態を把握した彼は、急ぎ、父である端明帝(たんめいてい)と一計を案じた。そうして、玲穎を犯人と断じた「ふり」をした影廠が彼女を連行し、公衆の面前で罪を告白させたのだ。なお、影廠が女官の証言をもとに、玲穎を疑っていたことは事実であったので、際どい時期ではあった。


 現実を受け止められないのか、宦官に拘束された春海は湿った床に(ひざまず)いたまま、玲穎を凝視している。そんな彼女に、直謙は(あざけ)るような言葉を投げつけ続けた。


「そして、樹琉(きりゅう)もこちらで保護している。……殺したつもりだったか? 生憎(あいにく)、仮死状態を装う薬には、いくつか心当たりがある。

あれも全て吐いたぞ。現帝陛下の対外施策に不満を持っていたお前たちが、後宮で騒ぎを起こして、()に皇位を諦めさせようとしたと。あいつも、それに協力していたとな」


 玲穎はそっと目を伏せ、殺気立った侍女の眼差しから逃げるように俯いた。




 東大陸の覇者・礼国(れいこく)。その第四代皇帝、革世帝(かくせいてい)──在位中は景清帝(けいせいてい)と呼ばれた──() 昇寂(しょうせき)は、前王朝に(なら)うような斬新な改革を、次々に()し進めた。しかし、当時の民の拒絶は激しく、後を襲った端明帝は即位後すぐに、人心安定のための軌道修正を余儀なくされた。

 ただし、彼の娘が隣国に嫁いだことを契機に、風向きは変わりつつあった。

 端明帝もまた、この七年、中庸(ちゅうよう)政策から明確に舵を切り、穏やかな改革路線に航路を変更した。それは恐らく、次代の直謙(ちょくけん)皇太子にも受け継がれていくことだろう。


 それを不満に思っていたのは、朝堂(ちょうどう)の第三派閥として(くすぶ)っていた面々だ。

 彼らは旧態依然の制度の中、安穏(あんのん)と怠惰に暮らすことに慣れきっていた。改革に同調する先進的な(おう)家、均衡を支える現実的な(ちょう)家の影に隠れることを良しとせず、「礼国の永久(とこしえ)の安定」を免罪符に、旧習に固執し続けた。

 玲穎の(しゅ)家もまた、その派閥の一員だった。


 事態は、まだまだ健勝(けんしょう)な現帝が息子への譲位を表明した時、大きく動いた。想定よりもかなり早い代替わりに焦った彼らは、かねてから温めていた計画を実行に移す決意をした。



「皇太子・直謙を廃し、自分たちにとって都合の良い皇子を帝位に──」



 その実行犯として選ばれたのが、いつかの日の為にと皇太子の(ねや)に送り込まれていた、玲穎(れいえい)だった。




 玲穎は、輿(こし)入れ前夜、実の父から掛けられた言葉を胸の内で反芻(はんすう)する。



『母を救いたければ、私の指示に従うように。──皇太子を籠絡(ろうらく)して閨で操るか、いっそ奴の喉に短刀でも突きつけられれば良いのだがな。頭でっかちのお前に、そのような才も度胸もあるまい。

その時が来たら、我々が策を授けてやる。お前はせいぜい、なけなしの女の能力を振り絞って、皇太子の同情でも()いておけ』



(お母様……)



 玲穎の母は、実母の不貞の結果、生まれた娘だった。派閥の繋がりで身売り同然に(しゅ)家に嫁がされ、長年妾として(しいた)げられてきた。


 それでも、母は玲穎を常に愛し、守ってくれた。幼い彼女が書物に手を伸ばすたび、「玲穎は賢いわね」と喜んでくれた。


 母の血縁上の実父の名は、(ぎょう) 浩然(こうぜん)といった。十四年前、国家反逆罪を犯して一族を滅ぼした、行 岳栄(がくえい)の叔父にあたる人物である。「母が行一族の血縁だとばらされたくなければ、大人しく従え」と脅され、玲穎は従わざるを得なかったのだ。


 玲穎は何としてでも、母を守りたかった。人生を諦めたような笑みを浮かべる母を、これ以上、不幸な目に()わせたくなかった。

 一方で、夫の誠意に、信頼に応えたい気持ちも確かに芽生えてしまっていた。だから、ずっとずっと苦しかった。本当のことを打ち明けて、懺悔(ざんげ)してしまいたかった。


 唇を噛み締める玲穎をちらりと見下ろし、直謙は底冷えのする声で春海(しゅんかい)の罪を糾弾(きゅうだん)した。


「……皇族を直接手に掛けるのは、容易ではない。俺は長年、玲穎を誤解していたし、彼女もお前に責められつつも、積極的には行動しなかった」


 自分が夫に軽視されていたことは分かっていたし、一人の女として間違いなく自信をなくしたものの、同時にほっとしてもいた。近付けなければ、何かを仕掛けることも出来ない。だが、朱家の企みとは別に、「側妃」として落ちこぼれだった玲穎を、春海はひたすらに蔑んだ。

 複雑な気持ちのまま、のらりくらりと逃げ続けていた玲穎だったが、あの日、春海を通じて(もたら)された父の指示に絶望した。


「……ゆえに、お前たちは、皇太子妃たちを狙うことにした。即位前から妻を守れず、統率も出来ないような軟弱(なんじゃく)な男に、掌中(しょうちゅう)(たま)を嫁がせたがる貴族はいまい。俺の支持を失わせ、孤立させるのが狙いだったか。

当初、お前たちは、毒殺の実行を玲穎に命じた。……だが、なかなか首を縦に振らない彼女に()れて、まず玲穎自身に毒を盛った」


 あの時、玲穎が軽症で済んだのは、あれが警告だったからだ。「次は母親の番だぞ」という。けれど、自分の代わりに苦痛にのたうち回る毒味役の姿に、玲穎は目の前が真っ暗になる思いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ