終章的余韻
夜。
店の裏手。
青いコンテナがある。
表の明るさとは違って、少し暗い。
でも、完全な闇じゃない。
遠くの街灯の光が、
コンクリートの地面をぼんやり照らしている。
人通りは、ほとんどない。
たまに車の音が通り過ぎるくらい。
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綾が、先に来ていた。
手持ち無沙汰に、壁の近くで立っている。
スマホをいじるわけでもなく。
ただ、少しだけ落ち着かない様子。
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足音。
ゆっくり。
でも、迷いがない。
綾が顔を上げる。
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「来たんだ」
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少しだけ笑う。
世古は肩をすくめる。
「約束しましたから」
軽い言い方。
でも。
ちゃんと来てる時点で、答えは出てる。
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少しだけ距離をあけて並ぶ。
近すぎない。
遠すぎない。
自然な距離。
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綾が、周りを見渡す。
「ここ、いいでしょ、人来ないし」
「落ち着きますね」
「でしょ」
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それだけの会話。
でも。
無理がない。
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少しだけ風が吹く。
夜の空気。
昔の喫煙所と、少し似ている。
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綾が、小さく言う。
「ねえ」
「はい」
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「私、あのときさ」
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視線は前。
世古を見ない。
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「本当に、限界だったんだと思う」
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声は落ち着いてる。
でも。
奥に、ちゃんと残ってる。
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「頑張っても、伝わらなくて」
「ちゃんとやってるつもりでも、否定されて」
「……なんで、って思ってた」
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世古は、何も言わない。
遮らない。
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綾は続ける。
「でもさ」
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少しだけ、笑う。
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「“見てたら分かる”って言われたとき」
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一拍。
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「全部、許された気がした」
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その言葉。
軽くない。
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世古は、少しだけ視線を下げる。
「選んだのは綾さんです」
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即座に否定。
でも。
強くはない。
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綾は、首を横に振る。
「ううん」
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「ちゃんと見てもらえるって、すごいことなんだよ」
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静かに。
でも、まっすぐ。
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「私、それまでずっと“見られてない”って思ってたから」
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夜の空気が、少しだけ深くなる。
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世古は、少しだけ考える。
あのとき。
別に、特別なことをしたつもりはない。
ただ、見えたままを言っただけ。
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「……たまたまでしたが、よかったです」
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綾は、少しだけ笑う。
「うん、そういうとこ」
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否定しない。
でも、受け取る。
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少しだけ沈黙。
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綾が、ゆっくり言う。
「ねえ」
「はい」
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「きーくんはさ」
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少しだけ迷って。
でも、聞く。
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「なんで、あんなに見てるの?」
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世古は、少しだけ困った顔をする。
「癖でしょうか」
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曖昧。
でも、本音。
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「ただ、見えのかも知れません」
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一拍。
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「やってる人と、やってない人の違いについては」
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綾は、少しだけ目を細める。
「じゃあさ」
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「私、ちゃんとやってた?」
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世古は、間を置かない。
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「もちろんです」
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即答。
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綾は、少しだけ息を吐く。
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「そっか」
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それだけ。
でも。
それで、十分だった。
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夜の空気が、少しやわらぐ。
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綾が、小さく笑う。
「なんかさ」
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「やっと、同じ場所に立てた気がする」
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世古は、その言葉を聞いて、
ほんの少しだけ目を細める。
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否定しない。
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それが、答えだった。
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夜は、ちゃんと終わる。
でも。
終わらないものもある。
あの夜。
吊るされた時間。
助けられた瞬間。
言えなかった言葉。
全部。
消えない。
でも。
消えないままでいい。
そのまま持って、
そのまま歩いていく。
それが、今の彼らの選び方だった。




