『HOPE リバイバル』 第3章 同じ作業、違う意味
朝の空気は、少しだけ冷たい。
⸻
自動ドアが開く。
⸻
軽い音。
⸻
「おはようございます」
⸻
綾が言う。
⸻
店内は、まだ静かだ。
⸻
棚。
照明。
整えられた商品。
⸻
(……変わらない)
⸻
制服に着替える。
⸻
名札をつける。
髪をまとめる。
⸻
いつも通り。
⸻
⸻
レジの準備。
⸻
釣銭を確認する。
袋を補充する。
⸻
手は、迷わない。
⸻
体が覚えている。
⸻
(……同じ)
⸻
でも。
⸻
(違う)
⸻
昨日の夜。
⸻
“選ぶ”という言葉。
⸻
頭の中に、残っている。
⸻
⸻
開店。
⸻
「いらっしゃいませー」
⸻
声が出る。
⸻
少しだけ、前より通る。
⸻
客が入る。
⸻
商品を取る。
レジに並ぶ。
⸻
流れは、同じ。
⸻
「袋いりますか」
⸻
「お願いします」
⸻
バーコードを通す。
⸻
ピッ。
ピッ。
ピッ。
⸻
同じ音。
⸻
同じリズム。
⸻
でも。
⸻
(……見える)
⸻
前より、少しだけ。
⸻
⸻
「綾ちゃん、これ補充お願い」
⸻
同僚の声。
⸻
「はーい」
⸻
棚へ向かう。
⸻
商品を整える。
⸻
前に出す。
揃える。
⸻
そのとき。
⸻
「ねえ」
⸻
同僚が、横から言う。
⸻
「なんかさ」
⸻
「なに?」
⸻
「最近ちょっと違くない?」
⸻
手を止めない。
⸻
「そう?」
⸻
「うん」
⸻
少し考える仕草。
⸻
「前より……ちゃんとしてる?」
⸻
綾が、少しだけ笑う。
⸻
「なにそれ」
⸻
「分かんないけど」
⸻
同僚も笑う。
⸻
「なんか、ちゃんと見てる感じ」
⸻
その言葉。
⸻
少しだけ残る。
⸻
(……見てる)
⸻
⸻
レジに戻る。
⸻
また、同じ流れ。
⸻
ピッ。
⸻
ピッ。
⸻
ピッ。
⸻
でも。
⸻
一人一人、違う。
⸻
迷う手。
急ぐ足。
疲れた顔。
⸻
前は、流れていた。
⸻
今は。
⸻
(残る)
⸻
少しだけ。
⸻
⸻
昼。
⸻
少しだけ落ち着く時間。
⸻
レジに立ちながら、外を見る。
⸻
自動ドア。
⸻
開く。
⸻
閉じる。
⸻
音。
⸻
何度も聞いた音。
⸻
でも。
⸻
(……来るかも)
⸻
そう思う。
⸻
約束はない。
⸻
でも。
⸻
(来る)
⸻
なぜか分かる。
⸻
⸻
午後。
⸻
また音が鳴る。
⸻
自動ドア。
⸻
開く。
⸻
視線が、自然に上がる。
⸻
そこに。
⸻
世古がいる。
⸻
同じスーツ。
同じ歩き方。
⸻
でも。
⸻
(……来た)
⸻
胸の奥が、少しだけ動く。
⸻
⸻
「いらっしゃいませ」
⸻
声を出す。
⸻
少しだけ、やわらかくなる。
⸻
世古が、軽く頷く。
⸻
それだけ。
⸻
でも。
⸻
(分かる)
⸻
⸻
商品を持ってくる。
⸻
レジに置く。
⸻
「お願いします」
⸻
「はい」
⸻
バーコードを通す。
⸻
ピッ。
⸻
同じ音。
⸻
でも。
⸻
(違う)
⸻
距離がある。
⸻
でも、繋がっている。
⸻
「袋は」
⸻
「結構です」
⸻
短い会話。
⸻
でも。
⸻
その中に、余白がある。
⸻
⸻
「……お疲れさまです」
⸻
世古が、小さく言う。
⸻
業務の外。
⸻
でも。
⸻
自然。
⸻
綾が、少しだけ目を上げる。
⸻
「……そっちも」
⸻
短く返す。
⸻
それで十分。
⸻
⸻
会計が終わる。
⸻
「ありがとうございました」
⸻
世古が、軽く頭を下げる。
⸻
店を出る。
⸻
自動ドアの音。
⸻
閉じる。
⸻
⸻
「……今の人」
⸻
同僚が言う。
⸻
「なに?」
⸻
「なんかいいね」
⸻
少し笑う。
⸻
「なにが」
⸻
「分かんないけど」
⸻
一拍。
⸻
「ちゃんとしてるけど、ちゃんと見てる感じ」
⸻
同じ言葉。
⸻
さっきと。
⸻
綾は、少しだけ黙る。
⸻
(……見てる)
⸻
自分も。
⸻
あの人も。
⸻
⸻
閉店。
⸻
店内が静かになる。
⸻
レジ締め。
⸻
掃除。
⸻
最後の確認。
⸻
同じ作業。
⸻
でも。
⸻
(……残った)
⸻
今日の時間。
⸻
会話。
視線。
音。
⸻
全部、小さい。
⸻
でも。
⸻
確かにある。
⸻
⸻
店を出る。
⸻
夜の空気。
⸻
少しだけあたたかい。
⸻
振り返る。
⸻
店。
⸻
自動ドア。
⸻
音。
⸻
(……同じ)
⸻
でも。
⸻
(違う)
⸻
少しだけ、前に進んだ音。




