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『HOPE リバイバル』 第1章 違和感

夜は、少しだけ湿っていた。


スーパーの裏手。

青いコンテナの影。

薄い街灯。


人の流れから外れた場所。



煙が、ゆっくりと上がる。



綾は、その煙をぼんやり見ていた。



(……意味ないな)



そう思う。



吸っても、変わらない。

吐いても、変わらない。



でも。



(やめる理由もない)



だから、続いている。



家のことを考える。



母の薬の時間。

父のいない夜。

積み上がっていく“どうにもならないこと”。



(……止まってる)



はっきり分かる。



でも。



(動く理由もない)



だから。



(ここにいる)



煙を吐く。



形が、すぐ崩れる。



残らない。



(……それでいい)




その少し離れた場所に、


もう一人、立っていた。



世古は、何もしていなかった。



煙も吸わない。

スマホも見ない。



ただ、立っている。



(……今日も、ここか)



習慣。



思考を整える場所。



仕事でも、家庭でもない、

“どちらでもない場所”。



だから、ここに来る。



視線を、わずかに動かす。



そこに、綾がいる。



(……またいる)



数回見ている。



同じ場所。

同じ時間。

同じ姿勢。



煙。



(……逃げている、のではないな)



世古は、そう判断する。



逃げる人間は、動く。



でも、この人は動かない。



(止まっている)



いや。



(止まろうとしている)



選択として。




綾は、視線を感じる。



少しだけ顔を上げる。



目が合う。



整っている男。



でも。



(……疲れてる)



すぐに分かる。



無理してる感じじゃない。



もっと静かな疲れ。



(……変な人)



そう思う。



普通じゃない。



でも、嫌じゃない。



むしろ。



(……なんでいるんだろ)



少しだけ、気になる。




世古は、視線を外さない。



観察ではない。



確認。



(……関与しない)



それが原則。



必要がなければ、関わらない。



でも。



(必要とは、何か)



ほんのわずかに、思考が揺れる。



目の前の存在。



止まっている人間。



それは。



(放置していい状態か)




綾は、タバコを落とす。



足で、軽く消す。



火が消える。



(……終わり)



何も残らない。



そう思ったとき。



「……それで、いいんですか」



声。



綾が、顔を上げる。



世古が立っている。



距離は、近すぎない。



でも、遠くもない。



「……なにが」



少しだけ警戒。



でも、逃げない。



世古は、短く言う。



「止まることです」



綾の表情が、わずかに変わる。



(……なにそれ)



核心を突かれた感覚。



「……別に」



そらす。



「関係ないでしょ」



世古は、否定しない。



「はい」



一拍。



「関係はありません」



綾が、少しだけ眉を寄せる。



(……なにこの人)



「ただ」



世古が続ける。



「選んでいるように見えたので」



静かな声。



押し付けない。



でも、逃がさない。



綾は、少しだけ黙る。



(……選んでる?)



その言葉が、引っかかる。



止まっているだけ。



そう思っていた。



でも。



(選んでる?)



違う見え方。




「……あんたは」



綾が、少しだけ顔を上げる。



「なにしてんの」



世古は、短く答える。



「考えています」



「なにを」



「必要なことを」



即答。



綾は、少しだけ笑う。



「なにそれ」



「分かんない」



世古は、ほんの少しだけ目をやわらげる。



「分からなくても、問題ありません」



一拍。



「いずれ、選ぶことになりますので」



その言葉が、静かに落ちる。




綾は、少しだけ空を見る。



夜。



何も変わらない景色。



でも。



(……選ぶ、か)



初めて聞いた言葉じゃない。



でも。



今、少しだけ違う意味で残る。



「……変な人」



小さく言う。



世古は、否定しない。



「はい」




沈黙。



でも、気まずくない。



煙は、もうない。



でも。



(なんか、残ってる)



綾は、少しだけその場に立つ。



帰る理由はある。



でも。



(……もう少し)



そう思う。



世古も、動かない。



必要なことを、まだ選んでいない。




自動ドアの音が、遠くで鳴る。



同じ音。



何度も聞いてきた音。



でも。



このとき、初めて。



“意味を持ちかけた音”になる。




「……また来る?」



綾が、ぽつりと言う。



世古は、少しだけ間を置く。



「必要であれば」



綾が、少しだけ笑う。



「なにそれ」



でも。



(来るんだ)



なぜか分かる。




夜は、変わらない。



青いコンテナも、街灯も、そのまま。



でも。



そこにいた二人だけが、


ほんの少しだけ変わっていた。



“止まっていた時間”に、


小さなひびが入る。



それは、まだ始まりじゃない。



ただの。



“違和感”。



でも、それで十分だった。

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