外伝 同じ店、違う未来
自動ドアの音が、やわらかく鳴る。
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「いらっしゃいませー」
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店内に、明るい声が広がる。
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平日の昼過ぎ。
少しだけ落ち着いた時間帯。
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その中に。
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小さな足音。
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「……ママ、ここ?」
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綾が、少しだけ笑う。
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「うん、ここだよ」
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手を引く。
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小さな手。
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まだ少し頼りない。
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でも、ちゃんと握り返してくる。
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「ママ、ここでおしごと?」
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「そうだよ」
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少しだけ懐かしい。
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この場所。
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変わらない棚。
変わらない配置。
変わらない光。
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でも。
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(……全部、違う)
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レジの奥から。
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「あれ、綾ちゃん?」
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同僚の声。
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「久しぶりー!」
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「おひさしぶりです」
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軽く頭を下げる。
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「え、なにその子!」
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「……うちの」
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少しだけ照れる。
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「かわいい〜!」
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子どもが、少しだけ隠れる。
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綾の後ろに。
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でも、少しだけ顔を出す。
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「……こんにちは」
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小さな声。
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「こんにちはー!」
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笑いが広がる。
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店内を歩く。
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棚を見る。
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手を伸ばす。
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商品を取る。
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あの頃と同じ動き。
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でも。
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(……違う)
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隣に、誰かがいる。
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「ママ、これなに?」
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「それはね——」
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説明する。
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言葉を選ぶ。
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伝える。
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ふと。
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視線が、レジに向く。
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あの場所。
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立っていた場所。
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何度も繰り返した動き。
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(……ここで)
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息を吸って、吐いて。
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止まっていた時間。
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でも。
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(ちゃんと動いた)
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自動ドアの音。
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振り向く。
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そこに。
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世古がいる。
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スーツ姿。
少しだけ疲れている顔。
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でも。
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変わらない。
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「……来た」
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綾が、小さく言う。
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子どもが、顔を上げる。
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「だれ?」
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綾が、少しだけ笑う。
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「……パパ」
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世古が、ほんの一瞬だけ止まる。
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でも。
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すぐに歩み寄る。
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「……お待たせしました」
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「ううん」
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子どもが、じっと見る。
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少しだけ警戒。
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でも。
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「……こんにちは」
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世古が、ゆっくりしゃがむ。
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目線を合わせる。
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「こんにちは」
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子どもが、小さく返す。
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レジに向かう。
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「ママ、ここ?」
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「そうだよ」
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「おしごとするの?」
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「今日はお客さん」
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少しだけ笑う。
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世古が、商品を置く。
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あのときと同じ動き。
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綾が、レジの前に立つ。
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一瞬だけ。
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時間が重なる。
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「……お願いします」
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「はい」
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バーコードを通す。
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ピッ、ピッ。
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同じ音。
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でも。
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(違う)
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手の動き。
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隣の存在。
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全部。
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「袋は」
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「お願いします」
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子どもが、横から言う。
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「わたし、もつ」
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綾が、少しだけ驚く。
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「持てる?」
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「うん」
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世古が、袋を渡す。
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少し軽いもの。
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「……お願いします」
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子どもが、受け取る。
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少しだけふらつく。
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でも、持つ。
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「……えらいね」
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綾が、笑う。
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会計が終わる。
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「ありがとうございました」
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綾が言う。
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世古が、軽く頷く。
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子どもも、小さく頭を下げる。
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「ありがとう」
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その言葉が、少しだけ響く。
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自動ドアの音。
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三人で、外に出る。
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同じ音。
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でも。
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(……違う)
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綾は、少しだけ立ち止まる。
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振り返る。
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店。
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あの場所。
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「……ねえ」
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「はい」
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「ここさ」
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少しだけ間。
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「全部、変わったね」
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世古が、少しだけ考える。
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「……はい」
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「同じですが」
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一拍。
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「意味は変わっています」
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綾が、少しだけ笑う。
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「だよね」
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子どもが、手を引く。
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「いこう?」
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綾が、頷く。
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「うん」
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世古も、並ぶ。
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手を取る。
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片方は、綾。
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もう片方は、小さな手。
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三人で、歩き出す。
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自動ドアの音が、後ろで鳴る。
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同じ音。
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でも。
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もう、ただの音じゃない。
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「帰る音」だった。




