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『HOPE リバイバル』 燃え残るもの



最初は、煙だった。



北山学園の校舎の端。


誰かが気づいたときには、

すでに“火”になっていた。



「火事だ!!」



叫び声。



一気に広がる混乱。



子どもたちの声。

教師の指示。

走る足音。



「落ち着いて!順番に外へ!」



世古の声が、響く。



大きくはない。


でも、はっきり通る。



「前から出るな!南側へ回れ!」



判断が早い。



避難経路を瞬時に切り替える。



煙の流れ。

風の向き。

人の密度。



全部を見ている。



「押すな!止まれ!」



一人の児童が転びかける。



世古が、腕を掴む。



「大丈夫か」



「う、うん」



「歩けるな。行け」



次へ進ませる。



止まらない。



止まれない。



(遅れるな)



その言葉だけが、頭の中にある。




校庭。



子どもたちが集まる。



「人数確認!」



教師が叫ぶ。



「全員いるか!」



名前が呼ばれる。



一人、二人、三人——



「……一人足りません!」



空気が、止まる。



「誰だ」



「4年、○○!」



一瞬。



世古の目が、わずかに動く。



(中だ)



「待機しろ」



短く言う。



誰も止められない。



校舎へ戻る。



煙が濃い。



視界が悪い。



でも。



(遅れるな)



同じ言葉。



あのときと同じ。



違うのは。



(今回は、間に合わせる)




数分後。



世古が出てくる。



腕に、児童を抱えて。



咳き込みながら。



でも、立っている。



「救急!」



声が飛ぶ。



児童は、泣いている。



生きている。



世古は、その場で膝をつく。



呼吸が荒い。



でも。



(間に合った)




その夜。



ニュース。



「北山学園で火災——」



映像が流れる。



煙。

消防車。

慌ただしい現場。



「児童は全員無事——」



その一文。



でも、その後に続く。



「しかし——」



画面が変わる。



「避難経路の変更について、安全性の判断が適切であったか——」



空気が変わる。



「現場の指揮を執った副校長の判断が——」



名前は出ない。



でも。



(分かる)




翌日。



本庁。



会議室。



重い空気。



「……説明してください」



低い声。



世古は、座っている。



動かない。



「なぜ避難経路を変更したのか」



「基準外の判断です」



「結果が良かっただけでは、説明になりません」



言葉が、刺さる。



でも。



世古は、目を逸らさない。



「……煙の流れを確認しました」



静かに言う。



「既定の経路では、密度が上がると判断しました」



「推測ですね」



「はい」



一拍。



「しかし、必要な推測でした」



空気が、少しだけ張る。



「……責任は?」



直球。



逃げ場はない。



世古は、ほんの一瞬だけ目を閉じる。



それから。



「私にあります」



即答。



「全ての判断は、私が行いました」



一切の揺れなし。



「結果として、全員無事でした」



一拍。



「しかし、それは結果です」



自分で言う。



逃げない。



「判断の責任は、私が負います」



静寂。




その頃。



綾は、テレビの前にいた。



ニュース。



同じ映像。



同じ言葉。



でも。



(違う)



現場を知っている。



あの人を知っている。



「……なんで」



小さく呟く。



責める声。



でも。



(違う)



綾は、立ち上がる。



スマホを取る。



迷わない。



『会える?』



すぐに返信。



『はい』




夜。



あの場所。



青いコンテナ。



世古が立っている。



煙はない。



でも、同じ場所。



綾が、近づく。



「……見た」



「はい」



短い会話。



でも、重い。



「……責任、とるの?」



世古は、少しだけ間を置く。



「……必要であれば」



綾が、一歩近づく。



「それでいいの?」



強くなる。



「全員助けたのに?」



世古は、静かに答える。



「それとこれとは別です」



その言葉。



正しい。



でも。



「……嫌だ」



綾が言う。



はっきりと。



「それ、嫌」



世古の目が、わずかに揺れる。



「……綾さん」



「間違ってないでしょ」



「必要だったんでしょ」



一歩、さらに近づく。



「だったらさ」



「ちゃんと言ってよ」



「逃げないで」



空気が、震える。



世古は、黙る。



そして。



「……逃げてはいません」



静かに言う。



「責任を取ることが、逃げではありません」



綾は、少しだけ息を詰める。



分かる。



でも。



「……それだけじゃないでしょ」



小さく言う。



「守ったんでしょ」



一拍。



「ちゃんと」



その言葉。



世古の中に、静かに落ちる。



(守った)



あのとき。



間に合った。



今回は。



遅れていない。




世古は、ゆっくりと目を開く。



「……はい」



初めて。



“結果”を認める。



「守りました」



綾が、少しだけ息を吐く。



「じゃあ、それもちゃんと持ってて」



短く言う。



「責任だけじゃなくて」



その言葉が、残る。




夜は、静かだった。



でも。



あの日の火は、消えていない。



形を変えて。



残っている。



“燃え残るもの”として。

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