表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/177

外伝 同じ作業、違う意味

朝のドラッグストアは、少しだけ冷たい。


自動ドアが開く音。

まだ人の少ない店内。

棚に並ぶ商品。



「おはようございます」



「おはよー、綾ちゃん」


同僚の明るい声。



制服に着替える。

名札をつける。

髪をまとめる。



いつも通りの動き。



レジの準備。

釣銭の確認。

袋の補充。



(……今日も、同じ)



悪いわけじゃない。


でも、特別でもない。



開店。



「いらっしゃいませー」



声を出す。



客が入る。

商品を取る。

レジに来る。



「袋いりますか」



「お願いします」



バーコードを通す音。


ピッ、ピッ、ピッ。



合計を伝える。

お金を受け取る。

お釣りを渡す。



完璧な流れ。



でも。



(……何も残らない)



そう感じていた、前は。




昼前。



「綾ちゃん、これ補充お願い」



「はーい」



棚を整える。



乱れた商品を揃える。

前に出す。

欠けているところを埋める。



同僚が、横から話しかける。



「綾ちゃんさー」



「なに?」



「最近ちょっと雰囲気違くない?」



手は止めない。



「そう?」



「うん、なんか……落ち着いた?」



少し考える。



「……そうかもね」



同僚が笑う。



「いいじゃん、それ」



「悪くない」



「うん」



短い会話。



でも。



(……違うのは、分かる)



自分でも。




午後。



レジに立つ。



「いらっしゃいませ」



また、同じ動き。



でも。



前より、少しだけ見えている。



客の表情。

手の動き。

迷っている時間。



「ポイントカードお持ちですか」



自然に声をかける。



「……あ、あります」



小さなやり取り。



でも、それが少しだけ残る。



(……残る)



前と違う感覚。




夕方。



少しだけ、店内が混み始める。



(……そろそろ)



時計を見る。



特に約束はない。



でも。



(来るかも)



そう思う時間。




自動ドアの音。



ガラスが開く。



その音に、ほんの少しだけ反応する。



視線を上げる。



そこに。



世古がいる。



スーツ姿。

少しだけ疲れている顔。



でも、まっすぐ。



「いらっしゃいませ」



声を出す。



少しだけ、やわらかくなる。



世古は、軽く頷く。



それだけ。



でも、分かる。



(来た)




レジに来る。



商品を置く。



「お願いします」



「はい」



バーコードを通す。



ピッ、ピッ。



手は同じ。



でも。



(違う)



距離が近い。



「袋は」



「結構です」



短いやり取り。



でも、その中にあるものが違う。



「……お疲れさまです」



世古が、小さく言う。



業務の範囲ギリギリ。



綾は、少しだけ目を上げる。



「……そっちも」



短く返す。



でも。



ちゃんと通じてる。




会計が終わる。



「ありがとうございました」



世古は、軽く頭を下げて、店を出る。



自動ドアが閉まる音。



さっきと同じ音。



でも。



(……違う)



胸の奥に、少しだけ残る。




「……今の人」



同僚が、横から言う。



「なに?」



「めっちゃ感じいいね」



少し笑う。



「そう?」



「うん。なんかさ」



少しだけ間。



「ちゃんとしてるけど、ちゃんと見てる感じ」



綾の手が、ほんの少しだけ止まる。



「……うん」



それは、分かる。



誰よりも。




閉店前。



店内が静かになる。



レジ締め。

掃除。

最後の確認。



同じ作業。



でも。



(……今日も、残った)



何かが。



会話。

視線。

時間。



全部、小さなもの。



でも、ちゃんとある。




店を出る。



夜の空気。



少しだけ冷たい。



スマホを見る。



短いメッセージ。



『お疲れさまでした』



いつもの文。



綾は、少しだけ笑う。



『そっちも』



送る。



歩き出す。



自動ドアの音が、後ろで鳴る。



同じ音。



でも。



(……ちゃんと、違う)



それだけで、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ