外伝 同じ作業、違う意味
朝のドラッグストアは、少しだけ冷たい。
自動ドアが開く音。
まだ人の少ない店内。
棚に並ぶ商品。
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「おはようございます」
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「おはよー、綾ちゃん」
同僚の明るい声。
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制服に着替える。
名札をつける。
髪をまとめる。
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いつも通りの動き。
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レジの準備。
釣銭の確認。
袋の補充。
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(……今日も、同じ)
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悪いわけじゃない。
でも、特別でもない。
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開店。
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「いらっしゃいませー」
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声を出す。
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客が入る。
商品を取る。
レジに来る。
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「袋いりますか」
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「お願いします」
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バーコードを通す音。
ピッ、ピッ、ピッ。
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合計を伝える。
お金を受け取る。
お釣りを渡す。
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完璧な流れ。
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でも。
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(……何も残らない)
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そう感じていた、前は。
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昼前。
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「綾ちゃん、これ補充お願い」
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「はーい」
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棚を整える。
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乱れた商品を揃える。
前に出す。
欠けているところを埋める。
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同僚が、横から話しかける。
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「綾ちゃんさー」
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「なに?」
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「最近ちょっと雰囲気違くない?」
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手は止めない。
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「そう?」
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「うん、なんか……落ち着いた?」
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少し考える。
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「……そうかもね」
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同僚が笑う。
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「いいじゃん、それ」
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「悪くない」
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「うん」
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短い会話。
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でも。
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(……違うのは、分かる)
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自分でも。
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午後。
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レジに立つ。
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「いらっしゃいませ」
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また、同じ動き。
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でも。
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前より、少しだけ見えている。
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客の表情。
手の動き。
迷っている時間。
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「ポイントカードお持ちですか」
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自然に声をかける。
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「……あ、あります」
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小さなやり取り。
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でも、それが少しだけ残る。
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(……残る)
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前と違う感覚。
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夕方。
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少しだけ、店内が混み始める。
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(……そろそろ)
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時計を見る。
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特に約束はない。
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でも。
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(来るかも)
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そう思う時間。
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自動ドアの音。
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ガラスが開く。
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その音に、ほんの少しだけ反応する。
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視線を上げる。
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そこに。
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世古がいる。
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スーツ姿。
少しだけ疲れている顔。
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でも、まっすぐ。
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「いらっしゃいませ」
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声を出す。
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少しだけ、やわらかくなる。
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世古は、軽く頷く。
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それだけ。
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でも、分かる。
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(来た)
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レジに来る。
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商品を置く。
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「お願いします」
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「はい」
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バーコードを通す。
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ピッ、ピッ。
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手は同じ。
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でも。
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(違う)
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距離が近い。
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「袋は」
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「結構です」
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短いやり取り。
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でも、その中にあるものが違う。
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「……お疲れさまです」
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世古が、小さく言う。
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業務の範囲ギリギリ。
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綾は、少しだけ目を上げる。
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「……そっちも」
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短く返す。
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でも。
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ちゃんと通じてる。
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会計が終わる。
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「ありがとうございました」
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世古は、軽く頭を下げて、店を出る。
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自動ドアが閉まる音。
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さっきと同じ音。
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でも。
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(……違う)
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胸の奥に、少しだけ残る。
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「……今の人」
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同僚が、横から言う。
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「なに?」
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「めっちゃ感じいいね」
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少し笑う。
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「そう?」
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「うん。なんかさ」
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少しだけ間。
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「ちゃんとしてるけど、ちゃんと見てる感じ」
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綾の手が、ほんの少しだけ止まる。
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「……うん」
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それは、分かる。
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誰よりも。
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閉店前。
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店内が静かになる。
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レジ締め。
掃除。
最後の確認。
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同じ作業。
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でも。
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(……今日も、残った)
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何かが。
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会話。
視線。
時間。
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全部、小さなもの。
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でも、ちゃんとある。
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店を出る。
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夜の空気。
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少しだけ冷たい。
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スマホを見る。
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短いメッセージ。
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『お疲れさまでした』
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いつもの文。
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綾は、少しだけ笑う。
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『そっちも』
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送る。
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歩き出す。
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自動ドアの音が、後ろで鳴る。
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同じ音。
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でも。
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(……ちゃんと、違う)
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それだけで、十分だった。




