外伝 選び続けた、その先にあるもの
冬の終わり。
空気はまだ少し冷たいのに、どこかやわらかい。
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北山学園の帰り道。
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「……ねえ」
綾が、少しだけ前を歩きながら言う。
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「はい」
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「この前書いたやつ」
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「ノートの件でしょうか」
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「そう」
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振り返る。
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「ちゃんと、続いてる?」
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世古は、少しだけ考える。
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「はい。追加しております」
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「え、ほんとに?」
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少し驚く。
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「はい」
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一拍。
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「……具体性を持たせる必要があると考えましたので」
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綾は、思わず笑う。
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「なにそれ、仕事みたい」
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「性分です」
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その言い方が、妙に安心する。
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「じゃあさ」
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少しだけ距離を詰める。
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「見せてよ」
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世古は、少しだけ間を置いてから、スマホを取り出す。
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メモ画面。
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そこには、箇条書き。
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・住居の検討(通勤距離含む)
・平泉家との関係継続
・生活費分担(案)
・将来設計(中長期)
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綾が、固まる。
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「……ちょっと待って」
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「はい」
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「これ、未来の話じゃなくて」
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「……もう、計画じゃん」
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世古は、ほんの少しだけ目をやわらげる。
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「はい」
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迷いなく。
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「実行する前提ですので」
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その一言で。
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空気が、少し変わる。
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綾の心臓が、強く鳴る。
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「……それってさ」
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少しだけ声が小さくなる。
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「誰と?」
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分かってる。
でも、聞く。
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世古は、まっすぐ見る。
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「……綾さんです」
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一切の揺れなし。
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綾の呼吸が、少しだけ止まる。
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(……ああ)
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これだ。
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派手な言葉じゃない。
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でも。
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一番、逃げ場がないやつ。
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綾は、少しだけ笑う。
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「……ずるい」
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でも、声は震えていない。
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「それ、もうさ」
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一歩、近づく。
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「プロポーズじゃん」
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世古は、一瞬だけ目を瞬かせる。
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「……そうなりますか」
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「なるよ」
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即答。
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少しだけ沈黙。
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でも、逃げない。
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綾は、ゆっくり言う。
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「……私さ」
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「はい」
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「ちゃんと好きって言ったでしょ」
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「はい」
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「選ぶって言ったでしょ」
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「はい」
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一拍。
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「じゃあさ」
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少しだけ息を吸う。
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「最後まで、選ぶよ」
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その言葉。
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重い。
でも、やわらかい。
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世古の目が、ほんの少しだけ揺れる。
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そして。
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「……ありがとうございます」
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綾が、すぐに止める。
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「それ禁止」
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「……失礼しました」
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少しだけ困った顔。
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それが、少し可笑しい。
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綾は、少しだけ笑う。
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「……よろしくね」
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短い言葉。
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でも、それで十分。
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世古は、静かに頷く。
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「……はい」
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その“はい”は、
今までで一番、深かった。
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数日後。
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平泉家。
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「……で?」
父が言う。
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「どうなったんだ」
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綾は、少しだけ考える。
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でも、隠さない。
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「……一緒にいるよ」
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母が、少しだけ目を細める。
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「そう」
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それだけ。
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でも、その“そう”は、全部受け入れている。
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父は、小さく頷く。
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「なら、いい」
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それで終わる。
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余計なことは言わない。
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でも、ちゃんと伝わる。
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夜。
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二人で歩く帰り道。
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手を繋ぐ。
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もう自然。
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迷いもない。
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綾が、ぽつりと言う。
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「……なんかさ」
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「はい」
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「結婚って感じしないね」
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少し笑う。
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世古は、少しだけ考える。
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「……形としてはそうかと」
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「うん」
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一拍。
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「でもさ」
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「続きって感じ」
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その言葉に。
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世古は、ほんの少しだけ目をやわらげる。
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「……はい」
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「その通りかと」
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手の温度が、少しだけあたたかい。
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未来は、特別じゃない。
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でも。
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“選び続ける”ことが、続いていく。
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それだけで、十分だった。




