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外伝 それでも、選び続けるということ



夜は、静かだった。


窓の外は暗くて、

街の灯りが、遠くにぽつぽつと見える。


綾は、ベッドに横になりながら、天井を見ていた。



(……もし)



考えたくないのに、浮かぶ。



あの時間。


16時47分。



止まった心拍。

冷たくなっていく手。

“いなかった”瞬間。



(もし、戻ってなかったら)



胸の奥が、ゆっくり締まる。



あのとき、自分は壊れた。


ちゃんと。


言葉も、形もなく。



(今も、同じくらい——)



そこまで考えて、綾は目を閉じる。



「……やめよ」



小さく呟く。



逃げるためじゃない。



“今は違う”と分かっているから。



(いなくなるかもしれない人)



それは、変わらない。



誰だって、そうだ。



でも。



(それでも)



ゆっくり息を吸う。



(いる間に、何をするか)



それだけが、残る。



綾は、身体を起こす。



スマホを手に取る。



少しだけ迷って、メッセージを打つ。



『起きてる?』



すぐに返信。



『はい』



その速さに、少しだけ笑う。



『会える?』



一拍。



『はい』



それだけで、十分だった。




夜の外は、少し冷えていた。



街灯の下。



世古が立っている。



「……すみません、遅くに」



「ううん」



少しだけ近づく。



「来てくれてありがと」



「いえ」



短い会話。


でも、ちゃんと通じている。



少しだけ沈黙。



綾が、先に言う。



「……ねえ」



「はい」



「もしさ」



一度、言葉を止める。



「また、いなくなりそうになったら」



世古の目が、わずかに動く。



「どうする?」



真正面。



逃げない問い。



世古は、少しだけ考える。



でも、長くは迷わない。



「……戻ります」



「必ず?」



「はい」



一拍。



「理由があるので」



綾の胸が、少しだけ鳴る。



「……私?」



「はい」



迷いなし。



綾は、少しだけ笑う。



「そっか」



それだけ。



でも、その“そっか”には、納得がある。



「……じゃあさ」



少しだけ近づく。



「いなくなるかもしれない前提で」



「どうする?」



世古は、ほんの少しだけ息を吐く。



「……難しい質問です」



「だよね」



でも、待つ。



世古は、ゆっくりと言う。



「……残るものを、増やすかと」



綾が、少しだけ首を傾げる。



「残るもの?」



「はい」



一拍。



「時間や、記憶や、選択です」



その言葉が、静かに落ちる。



「……失われたとしても」



「残るものがあれば」



「意味が途切れません」



綾は、黙る。



その考え方は、この人らしい。



でも。



(それって)



少しだけ笑う。



「……ずるいね」



「そうでしょうか」



「うん」



一歩、近づく。



「それってさ」



「未来作るってことじゃん」



世古は、少しだけ目をやわらげる。



「……そうとも言えます」



綾は、少しだけ息を吐く。



それから。



「……じゃあ、作ろうよ」



はっきり言う。



「ちゃんと」



「中途半端じゃなくて」



「ちゃんと続くやつ」



世古の呼吸が、ほんの少しだけ変わる。



「……はい」



短く。


でも、重い。



綾は、手を伸ばす。



今までと同じ。


でも、少し違う意味で。



手を取る。



「……約束ね」



世古は、少しだけ指に力を込める。



「……はい」



その“はい”は、


今までで一番、静かで強い。




数日後。



小さなカフェ。



ノートとペン。



綾が、少しだけ楽しそうに言う。



「ねえ、書こう」



「何をでしょう」



「未来」



世古が、少しだけ目を細める。



「……具体的に」



「うん」



ペンを渡す。



「行きたい場所」


「やりたいこと」


「こうなりたい、みたいなやつ」



世古は、少しだけ考える。



そして、書く。



・もう一度、北海道へ

・平泉家と定期的に食事

・綾さんと、喫茶店



綾が、覗き込む。



「……それ、地味」



「現実的です」



「もっとさ」



自分も書く。



・旅行いっぱい

・ちゃんとしたデート

・一緒に住む?(保留)



世古の目が、少しだけ止まる。



「……保留ですか」



「うん」



少しだけ笑う。



「でも、書いたからね」



それは、宣言。



未来の形。



世古は、静かに頷く。



「……はい」



綾は、ペンを置く。



そして、少しだけ真面目な顔で言う。



「……ねえ」



「はい」



「いなくなるかもしれないの、分かってるよ」



一拍。



「でもさ」



「だからって、何もしないのは嫌」



世古は、静かに聞く。



「だから」



「ちゃんと残す」



「一緒に」



その言葉に。



世古は、ほんの少しだけ目を閉じる。



そして。



「……はい」



もう一度、頷く。



二人のノートには、


まだ少しだけ空白がある。



でも、それでいい。



全部埋める必要はない。



“書き続ける”ことが、意味になるから。



夜の街。



帰り道。



手を繋ぐ。



もう迷わない。



未来は、決まっていない。



でも。



選び続けることだけは、決まっている。



それでいい。

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