外伝 雪の中で、選ばれる時間
北海道の空は、東京よりも少しだけ近かった。
空気が澄んでいるからか、
息を吸うたびに、身体の奥まで冷たさが届く。
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「……寒い」
綾が、小さく肩をすくめる。
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「大丈夫ですか」
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「大丈夫じゃない」
即答。
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世古は、少しだけ間を置いて。
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「……失礼します」
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そっと。
自分のマフラーを外して、綾の首にかける。
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一瞬、空気が止まる。
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「……え」
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「冷えますので」
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それだけ。
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綾は、少しだけ黙る。
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(……なにそれ)
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顔が、ほんの少しだけ赤くなる。
寒さのせいじゃない。
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「……ありがと」
小さく言う。
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そのまま歩き出す。
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雪道。
足音が、少しだけ鈍く響く。
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父と母は、少し前でゆっくり歩いている。
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二人は、少し後ろ。
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自然と、距離ができる。
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綾は、ふと手を伸ばす。
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さっきよりも、迷いなく。
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手を取る。
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世古も、すぐに応える。
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「……滑るから」
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言い訳みたいに言う。
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「はい」
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でも、その声は少しだけやわらかい。
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雪が、静かに降り始める。
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白い世界。
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音が、少しだけ消える。
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その中で。
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二人の距離だけが、はっきりする。
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夜。
温泉旅館。
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「じゃあ、ゆっくり入ってきな」
父の声。
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母も、小さく頷く。
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「ありがとう」
綾が答える。
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廊下を歩く。
木の床が、少しだけ軋む。
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湯気の匂い。
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「……温泉、久しぶり」
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「はい」
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少しだけ沈黙。
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「……あのさ」
綾が立ち止まる。
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「一緒に、ってわけじゃないからね」
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少しだけ睨む。
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世古は、一瞬だけ目を瞬かせる。
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「……承知しております」
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その反応が、逆に少し可笑しい。
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綾は、少しだけ笑う。
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湯上がり。
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廊下のベンチ。
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綾は、髪を軽く拭きながら座っていた。
頬が、少し赤い。
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そこへ。
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世古が来る。
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一瞬だけ、視線が合う。
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「……どうでしたか」
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「よかった」
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短い言葉。
でも、ちゃんと緩んでいる。
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世古も、隣に座る。
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少しだけ距離。
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でも。
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すぐに、綾が詰める。
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「……寒い」
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言いながら、肩が少し触れる。
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世古は、何も言わない。
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でも、離れない。
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「……ねえ」
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「はい」
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「今日さ」
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少しだけ間。
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「ちゃんとデートだったね」
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世古は、少しだけ考えて。
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「……はい」
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「そう思います」
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同じ言葉。
でも、場所が違う。
意味が、少しだけ深い。
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綾は、少しだけ笑う。
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「よかった」
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それだけ。
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でも、胸の奥が少しだけあたたかい。
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夜。
部屋。
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父と母は、先に休んでいる。
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静かな時間。
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綾は、窓の外を見る。
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雪。
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静かに降り続いている。
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そこへ。
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「……少し、よろしいですか」
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世古の声。
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「うん」
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部屋の外。
小さな縁側のような場所。
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冷たい空気。
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でも、嫌じゃない。
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二人で並ぶ。
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しばらく、何も言わない。
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綾が、ぽつりと言う。
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「……こういうの、続くのかな」
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独り言みたいに。
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世古は、少しだけ間を置く。
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「……続けるものだと思います」
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綾が、少しだけ顔を上げる。
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「……作る、ってこと?」
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「はい」
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短く。
でも、はっきり。
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「偶然ではなく」
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「選んでいくものかと」
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その言葉が、静かに落ちる。
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綾は、少しだけ笑う。
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「……やっぱり、それなんだ」
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HOPEのテーマ。
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「必要なことを選ぶ」
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綾は、少しだけ手を伸ばす。
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そっと。
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世古の手を取る。
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今度は、迷いなく。
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「……じゃあさ」
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少しだけ顔を近づける。
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「これも、選んでいい?」
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世古は、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
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そして。
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「……はい」
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その瞬間。
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綾が、ほんの少しだけ背伸びをする。
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軽く。
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触れる。
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唇が、ほんの一瞬だけ重なる。
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長くない。
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でも、確かに。
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離れる。
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沈黙。
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綾は、少しだけ照れる。
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「……今の、忘れていいから」
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小さく言う。
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世古は、静かに首を横に振る。
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「……忘れません」
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その言葉が、少しだけ低い。
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綾の心臓が、強く鳴る。
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雪は、まだ降っている。
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音のない世界。
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でも。
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二人の中では、はっきりと何かが動いた。
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“選ばれた関係”が、
もう一段だけ、進む。




