外伝 当たりすぎる男と、選ばれる時間
井上総合病院の売店は、昼過ぎでもそこそこ人がいた。
お見舞いの花。
雑誌。
軽食。
その一角に、簡易的な福引コーナー。
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「本日最終日でーす!」
明るい声。
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世古は、何気なく立ち止まる。
手には、売店で買った飲み物と簡単な日用品。
その中に、福引券が一枚。
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「……せっかくですので」
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回す。
カラカラと軽い音。
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次の瞬間。
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カランカランカラン!!!!
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やたら大きな音。
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「ええええええ!?」
店員の声が裏返る。
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周りが、一斉に振り向く。
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「一等です!!北海道!!4泊5日!!4名様!!」
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ざわつく空気。
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世古は、静かに止まる。
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「……そうですか」
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その反応に、逆に周囲が戸惑う。
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「いや、すごいですよ!?一等ですよ!?」
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「はい」
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淡々。
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そこへ。
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「……また?」
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後ろから、少し呆れた声。
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綾だった。
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「……またです」
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「なんで当たるの」
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「確率かと」
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「絶対違う」
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小さくため息。
でも、口元は少し緩んでいる。
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病室へ戻る途中。
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綾は、横を歩きながら言う。
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「で?」
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「はい」
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「誰と行くの?」
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その一言。
軽く聞いてるようで、軽くない。
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世古は、少しだけ考える。
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「……4名ですので」
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一拍。
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「平泉家の皆さんと、と思いました」
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綾の歩く速度が、ほんの少しだけ止まる。
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「……そっか」
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その言葉。
嬉しい。
でも。
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ほんの少しだけ、引っかかる。
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(……それだけ?)
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自分でも、少し驚く。
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「……私も?」
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自然に出る。
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世古は、少しだけ視線を向ける。
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「もちろんです」
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即答。
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「綾さんがいなければ、意味がありません」
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その一言で。
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さっきの小さな引っかかりが、すっと消える。
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「……なにそれ」
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少しだけ笑う。
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「ちゃんと言うじゃん」
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「事実ですので」
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その“事実”が、少しだけ甘い。
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数日後。
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平泉家。
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「北海道!?」
父の声が響く。
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「4泊5日!?」
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母も、少し驚いている。
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「……あの人、何者?」
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綾が、小さく言う。
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「運も実力のうち、ってやつかね」
父が笑う。
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母は、少しだけやわらいだ顔で言う。
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「いいじゃない。行こう」
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その一言で、空気が決まる。
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当日。
空港。
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「……飛行機、久しぶりだな」
父が少し落ち着かない様子。
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母は、少しだけ楽しそう。
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綾は、横でそれを見ながら、ふと世古の方を見る。
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整っている。
でも、どこかだけ少し柔らかい。
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(……ちゃんといる)
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あの16時47分を越えて。
今、ここにいる。
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「……ねえ」
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「はい」
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「今回さ」
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少しだけ顔を近づける。
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「ちゃんと“デート”も入れてよ」
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世古の目が、ほんの少しだけ揺れる。
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「……承知しました」
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その答えが、妙に真面目で。
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綾は、少しだけ笑う。
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機内。
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隣同士の席。
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平泉家は、少し前。
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二人だけ、少しだけ離れた場所。
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綾は、窓の外を見る。
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雲の上。
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ふと。
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手が、触れる。
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自然に。
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今度は、迷いなく。
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指を絡める。
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世古も、応える。
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少しだけ強く。
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「……逃げないでよ」
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小さく言う。
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「はい」
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短く。
でも、ちゃんと。
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北海道の空気は、少し冷たかった。
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でも。
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その冷たさが、心地いい。
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四人の旅行。
家族の時間。
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そして。
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その中に、ちゃんとある。
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二人の時間。
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選ばれた時間。
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偶然じゃない。
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“当たった”んじゃなくて、
“選ばれた”。
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そんな気がしていた。




