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外伝 静かじゃいられない距離



昼下がりの北山学園は、穏やかだった。


校庭では、子どもたちの声。

遠くでボールの弾む音。

風に揺れる木の葉。


その“普通”の中に、世古は立っていた。



「先生ー!」


シングルマザーの一人が、手を振る。


柔らかい雰囲気の女性。

少し距離を詰めて話すタイプ。



「先日はありがとうございました」


世古は、丁寧に頭を下げる。



「いえいえ、こちらこそですよ」


距離が、少し近い。



「また相談、いいですか?」



「はい。必要なときは」



その“必要なとき”という言い方が、余計に距離を曖昧にする。



その少し離れた場所で。


綾は、そのやり取りを見ていた。



(……近くない?)



小さな違和感。


でも、まだ気にするほどじゃない。




別の日。


HOPEの事務所。



「世古さん、これどう思います?」


女性従業員が、書類を持ってくる。


若くて、少し積極的なタイプ。



「こちらの数字は——」


世古が説明する。



女性は、じっと顔を見る。


少し長い。



「……世古さんって、ほんと頼りになりますよね」



「いえ、業務ですので」



さらっと流す。


でも、その“流し方”がまた引き寄せる。



綾は、奥の席でそれを見ていた。



(……まただ)



今度は、少しだけ胸がざわつく。




さらに。


休日。


街中。



「あれ、先生?」


モデルの子。


教え子の一人。


明るくて、距離感が近い。



「……久しぶり」



「ねえねえ、今時間ある?」


腕に、軽く触れる。



「少しなら」



「じゃあさ、ちょっとだけ付き合ってよ」



完全に、デートの誘いに近い。



その様子を。


少し離れた場所から、綾は見ていた。



(……なにそれ)



胸の奥が、はっきりと重くなる。




そして、決定的なのは。


北山学園の若手女性教諭。



放課後。


人気のない廊下。



「世古先生」



「はい」



「……あの」


少し緊張した声。



「ずっと、お世話になってて」



一歩、近づく。



「個人的に、お話できたら嬉しいです」



明確な“好意”。



世古は、少しだけ間を置く。



「……内容によりますが」



曖昧にせず、でも拒絶もしない。



それが、逆に可能性を残す。



その場面を。


綾は、最後まで見てしまった。




帰り道。



歩く。


二人で。



でも、空気が違う。



綾は、何も言わない。



世古も、気づいている。



「……綾さん」



「なに」


少しだけ、冷たい。



世古は、言葉を選ぶ。



「何かありましたか」



その一言で。



ぷつん、と切れる。



綾が、立ち止まる。



「……あるでしょ」



振り返る。



目が、完全に怒っている。



「なんで分かんないの?」



世古は、静かに受け止める。



「……説明していただけますか」



それが、火に油を注ぐ。



「全部だよ!」



声が、強くなる。



「全部見てた」



一歩、近づく。



「近いし」


「触るし」


「誘われるし」



息が荒くなる。



「なんなの?」



核心。



「きーくん、どうしたいの?」



沈黙。



世古は、逃げない。



「……どう、とは」



「そういうとこ!!」



遮る。



「分かってるくせに、分かんないふりするのやめて」



綾の声が、震える。



怒りだけじゃない。



「私が、どう思うか」



言い切れない。


でも、もう止まらない。



「……嫌だよ」



小さくなる。



「普通に、嫌」



それは、初めての“はっきりした嫉妬”。



世古の呼吸が、わずかに変わる。



そして、静かに言う。



「……認識が不足していました」



綾が、少しだけ顔を上げる。



「あなたが、そこまで不快に感じるとは思っていませんでした」



まっすぐ。



逃げない。



「……でも」



一歩、近づく。



「意図はありません」



綾の目が、揺れる。



「全部?」



「はい」



嘘じゃない。



「ただ」



少しだけ、言葉を選ぶ。



「距離の取り方が、適切ではありませんでした」



綾が、黙る。



ちゃんと理解している。



「……それ、直す気ある?」



世古は、すぐに頷く。



「あります」



一拍。



「あなたが、嫌だと言ったので」



綾の胸が、強く鳴る。



それは、“綾基準”で動くという宣言。



「……ずるい」



また、それ。



でも、今度は少しだけ笑っている。



「じゃあさ」



少しだけ近づく。



「見せてよ」



「ちゃんと、私の方見てるとこ」



世古は、静かに綾を見る。



逸らさない。



「……見ています」



その視線は、ぶれない。



綾の心臓が、少しだけ速くなる。



「……ほんとに?」



「はい」



短い。


でも、強い。



綾は、少しだけ息を吐く。



それから。



ぐっと距離を詰める。



そして。



自分から、手を取る。



今までで一番、はっきりと。



「……これで分かるでしょ」



周りに人がいる。


でも、関係ない。



世古は、一瞬だけ驚く。



でも、すぐに。



握り返す。



逃げない。



「……はい」



その返事は、


いつもより少しだけ低くて、


少しだけ強かった。



夕方の空気が、二人を包む。



さっきまでのざわつきは、まだ残っている。



でも。



それ以上に。



“ちゃんとぶつかったあと”の距離がある。



綾は、小さく言う。



「……もう、分かったから」



完全には許してない。


でも、もう大丈夫。



そのまま、歩き出す。



手を繋いだまま。



今度は、離さない。

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