表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
番外編 エピローグを遡って
107/177

特別編 名前の距離

夜の風が、少しだけやわらいでいた。


昼間よりも、人が少ない。


音も、少ない。



並んで歩く。


もう、無理に距離を測らなくなっている。


近すぎず、遠すぎず。


自然に、そこにある距離。



「……今日は、静かですね」


綾が言う。



「そうですね」


世古が返す。



それだけ。



でも、


それで足りている。




少し歩いて、


綾は、ふと気づく。



(……まだ)




名前を、呼んでいない。




「世古さん」で止まっている。



それが、この距離。



でも、



(……もう少し)




足が、少しだけゆっくりになる。



呼吸が、ほんの少し深くなる。




(……選ぶ)




「……あの」



声をかける。



世古が、静かに視線を向ける。



「はい」



待つ。



急かさない。




「……名前で、呼んでもいいですか」



言ってから、


少しだけ、驚く。



(……言った)




世古は、ほんの少しだけ間を置く。



考えている。



拒まない。


でも、軽くも扱わない。




「……構いません」



静かな声。




それだけ。



でも、


その一言が、少しだけ重い。




綾は、息を整える。




(……選ぶ)




「……公士さん」




一瞬、


空気が変わる。



音が、少し遠くなる。




自分の声なのに、


少しだけ、違って聞こえる。




世古は、何も言わない。



でも、



ほんの少しだけ、


視線がやわらぐ。




「……はい」



それだけ返す。




でも、



その“はい”が、



さっきまでと、少し違う。




呼ばれたことを、


ちゃんと受け取っている声。




綾は、少しだけ視線を落とす。



(……変わった)



何かが。



でも、



(……いい)




少しだけ歩く。




今度は、


自然に言葉が出る。



「……公士さんは」



途中で止める。



(……呼べた)




それだけで、


少しだけ、満たされる。




世古は、何も言わない。



急かさない。




綾も、それ以上続けない。




沈黙。



でも、



さっきとは違う。




名前が、間にある。




それだけで、


距離が少し変わる。




店の前に着く。



自動ドアの前。



あの音が鳴る直前。




「……ありがとうございました」



「こちらこそ」




ほんの少し、間。




綾が、もう一度だけ言う。




「……公士さん」




呼ぶだけ。



意味は足さない。




世古が、静かに頷く。




「はい」




それで、十分だった。




自動ドアが開く。



あの音。




同じなのに、




少しだけ、近い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ