表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
番外編 エピローグを遡って
101/177

特別編 選ぶということ

東京タワーを出たあとも、街は変わらなかった。


人の流れ。

車の音。

遠くで鳴るサイレン。


どれも、いつも通り。


なのに、どこかだけが、少しずつ噛み合い始めている気がした。



「じゃあ、次ここ見ておこうか」


店長がスマートフォンを見ながら言う。


他の社員たちが、それに合わせて動く。


綾も、その流れの中にいる。


置いていかれているわけじゃない。

でも、自分で進んでいる感じもしない。


(……どうする)


足を止めるほどじゃない。


でも、そのまま流されるのも、少しだけ違う気がした。



視線を少しだけずらす。


さっき、世古たちが向かった方向。


もう姿は見えない。


当たり前だと思う。


役割が違う。

場所も違う。


さっきの一瞬だけが、重なっただけ。



(……それでも)


胸の奥に、小さな違和感が残っている。


嫌なものじゃない。


むしろ、少しだけ、引っかかる感じ。



「綾さん?」


店長の声。


「次、移動するけど大丈夫?」


いつもなら、すぐに頷く。


考えない方が楽だから。


流れていけば、終わるから。



でも、今日は少しだけ違う。



(……選ぶ)


ほんの少しだけ、時間を使う。


それだけでいい。



「……あの、すみません」


声に出す。


少しだけ、驚く。


自分で選んだ言葉だから。


「このあと、少しだけ別行動してもいいですか」



一瞬、間が空く。


店長が少しだけ驚いた顔をする。


でもすぐに、柔らかく笑う。


「いいよ。時間には遅れないようにね」


「……はい、ありがとうございます」



流れから、外れる。


ほんの一歩分だけ。


それだけで、空気が少し変わる。



人の流れに逆らわないように、でも急がずに歩く。


さっきの方向へ。


理由は、うまく言えない。


会いたい、でもない。


話したい、でもない。



(……ただ、行く)


それだけ。



展望台の奥、少し人が少ない場所。


子どもたちの声が、遠くに聞こえる。


その中に、整えられた静けさがある。



世古は、そこにいた。


子どもたちを見守る位置。


全体が見える場所。


誰よりも動いていないのに、全部を動かしている場所。



綾は、少し離れたところで立ち止まる。


声をかけるか、迷う。



(……選ぶ)



「……あの」


小さく、声を出す。



世古が振り返る。


表情は変わらない。


でも、ちゃんとこちらを見る。



「……お仕事中に、すみません」


「いえ、大丈夫です」


丁寧な声。


変わらない距離。


「何かありましたか」



少しだけ、言葉に迷う。


理由が、うまく形にならない。



「……さっき」


言いかけて、止まる。



世古は、待つ。


急かさない。


続きを、こちらに預ける。



「……なんとなく、来ました」


正確じゃない。


でも、嘘でもない。



ほんの少しだけ、間があく。



「そうですか」


それだけ。


否定も、肯定もしない。


そのまま、置く。



「……はい」


綾も、それ以上は言わない。



子どもたちの声が、少しだけ近づく。


また移動の時間らしい。



世古が、そちらに視線を戻す。


役割に戻る。



「……もう、戻ります」


綾が言う。



「はい」


短く、丁寧な返事。



一歩、下がる。


それで十分だと思う。



そのとき、



「……来てくださって、ありがとうございます」


世古の声が、静かに落ちる。



振り返る。



表情は変わらない。


でも、


ほんの少しだけ、


やわらかく見えた気がした。



「……はい」


それしか言えない。


それでいい気がした。



歩き出す。


元の流れに戻る。



でも、


さっきとは違う。



(……選んだ)



それだけで、十分だった。



街は変わらない。


問題も、消えない。



それでも、


自分の中の何かが、


少しだけ、動いている。



それは、まだ名前がつかない。


でも、


確かにそこにある。



それでいい、と


少しだけ思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ