特別編 選ぶということ
東京タワーを出たあとも、街は変わらなかった。
人の流れ。
車の音。
遠くで鳴るサイレン。
どれも、いつも通り。
なのに、どこかだけが、少しずつ噛み合い始めている気がした。
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「じゃあ、次ここ見ておこうか」
店長がスマートフォンを見ながら言う。
他の社員たちが、それに合わせて動く。
綾も、その流れの中にいる。
置いていかれているわけじゃない。
でも、自分で進んでいる感じもしない。
(……どうする)
足を止めるほどじゃない。
でも、そのまま流されるのも、少しだけ違う気がした。
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視線を少しだけずらす。
さっき、世古たちが向かった方向。
もう姿は見えない。
当たり前だと思う。
役割が違う。
場所も違う。
さっきの一瞬だけが、重なっただけ。
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(……それでも)
胸の奥に、小さな違和感が残っている。
嫌なものじゃない。
むしろ、少しだけ、引っかかる感じ。
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「綾さん?」
店長の声。
「次、移動するけど大丈夫?」
いつもなら、すぐに頷く。
考えない方が楽だから。
流れていけば、終わるから。
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でも、今日は少しだけ違う。
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(……選ぶ)
ほんの少しだけ、時間を使う。
それだけでいい。
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「……あの、すみません」
声に出す。
少しだけ、驚く。
自分で選んだ言葉だから。
「このあと、少しだけ別行動してもいいですか」
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一瞬、間が空く。
店長が少しだけ驚いた顔をする。
でもすぐに、柔らかく笑う。
「いいよ。時間には遅れないようにね」
「……はい、ありがとうございます」
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流れから、外れる。
ほんの一歩分だけ。
それだけで、空気が少し変わる。
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人の流れに逆らわないように、でも急がずに歩く。
さっきの方向へ。
理由は、うまく言えない。
会いたい、でもない。
話したい、でもない。
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(……ただ、行く)
それだけ。
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展望台の奥、少し人が少ない場所。
子どもたちの声が、遠くに聞こえる。
その中に、整えられた静けさがある。
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世古は、そこにいた。
子どもたちを見守る位置。
全体が見える場所。
誰よりも動いていないのに、全部を動かしている場所。
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綾は、少し離れたところで立ち止まる。
声をかけるか、迷う。
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(……選ぶ)
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「……あの」
小さく、声を出す。
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世古が振り返る。
表情は変わらない。
でも、ちゃんとこちらを見る。
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「……お仕事中に、すみません」
「いえ、大丈夫です」
丁寧な声。
変わらない距離。
「何かありましたか」
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少しだけ、言葉に迷う。
理由が、うまく形にならない。
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「……さっき」
言いかけて、止まる。
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世古は、待つ。
急かさない。
続きを、こちらに預ける。
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「……なんとなく、来ました」
正確じゃない。
でも、嘘でもない。
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ほんの少しだけ、間があく。
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「そうですか」
それだけ。
否定も、肯定もしない。
そのまま、置く。
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「……はい」
綾も、それ以上は言わない。
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子どもたちの声が、少しだけ近づく。
また移動の時間らしい。
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世古が、そちらに視線を戻す。
役割に戻る。
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「……もう、戻ります」
綾が言う。
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「はい」
短く、丁寧な返事。
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一歩、下がる。
それで十分だと思う。
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そのとき、
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「……来てくださって、ありがとうございます」
世古の声が、静かに落ちる。
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振り返る。
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表情は変わらない。
でも、
ほんの少しだけ、
やわらかく見えた気がした。
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「……はい」
それしか言えない。
それでいい気がした。
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歩き出す。
元の流れに戻る。
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でも、
さっきとは違う。
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(……選んだ)
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それだけで、十分だった。
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街は変わらない。
問題も、消えない。
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それでも、
自分の中の何かが、
少しだけ、動いている。
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それは、まだ名前がつかない。
でも、
確かにそこにある。
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それでいい、と
少しだけ思えた。




