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14-9 その後の世界(新世界の夜明け)

 空を覆い尽くしていた黄金の回路網が、その役割を終えて静かに、けれど名残惜しそうに粒子となって地平へと降り注いでいく。


 それは地脈レイラインの深層へと深く馴染み、これからの世界を支える見えない血管となって星の隅々まで行き渡った。


 惑星全土を巻き込んだ史上最大の大工事アップグレードが、いま、一筋のノイズも残さず完了したのだ。


 俺の視界を埋めていた膨大な情報ログが次々と消去され、代わりに世界が持つ本来の色が戻ってくる。


 視神経を焼くような情報の奔流が止まり、ただの光が目に心地よい。


(……ああ、本当に終わったんだな)


 俺の身体を激しく蝕んでいた、神の領域に触れるための管理者の負荷が、潮が引くように抜けていく。


 焼けるような熱を持っていた右腕の紋様は、その輝きを失うのではなく、静かに、深く沈黙した。


 それはもはや俺を縛る呪縛の印ではない。


 俺がこの星の理を書き換えたという、消えない誇りの証として、肌に優しく刻まれている。


 ふと、俺の脳裏を数年前の記憶がよぎった。


 シグルドの陰謀によって、身に覚えのない罪を着せられ、宮廷魔導師団を追放されたあの日。


 自分が心血を注いできた魔導の理想が、腐敗した組織の論理に届かないことを悟り、俺は抗うことさえしなかった。


 ただ、孤独に身を引くことだけが、自分に残された唯一の矜持だと思っていた。


 激しい雨の中、誰に見送られることもなく、泥に汚れた靴で城門を去ったあの日。


 視界は灰色で、雨粒がやけに冷たかった。


 振り返ることもしなかった俺の、小さく、冷え切った背中。


 あの時、俺の肩に乗っていたのは、絶望と、世界への諦めだけだった。


 だが、今の視界に映る景色は、あの日とは正反対の色に満ちている。


 エリュシオンの丘を照らし出すのは、不吉な黄金の光ではない。


 雲の合間から差し込み、草花を輝かせる、眩く、力強い本物の朝日だ。


 隣には、同じ未来を見据えるリーフがいて、その向こうでエルフィとネロが、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、輝きを取り戻した世界に瞳を輝かせている。


「見て、ルシ! 海があんなに青いよ! 逆流してたのが嘘みたいだ!」


 ネロが無邪気に叫び、風に吹かれる草原を駆け回る。


 彼の足元で弾ける朝露さえも、今は祝福の光に見えた。


「本当ですね。

 ……神様がいない空が、こんなに温かいなんて知りませんでした」


 エルフィがそっと胸に手を当て、新しく生まれ変わった世界の呼吸を確かめるように、ゆっくりと、深く息を吸い込んだ。


 後ろを振り返れば、メギストスやバナード、アイリスたちが、戦いの疲れを滲ませながらも、互いの無事を喜び、信頼を寄せ合う穏やかな空気が流れていた。


 かつて奪われ、二度と手に入らないと思っていた居場所。


 俺はそれを、腐った組織に縋って取り戻すのではなく、自分自身の力と、旅で出会った仲間たちとの絆で、より広大で自由な世界という形で再構築してみせたのだ。


 かつての王宮の冷たい石畳ではなく、今は仲間の足音が、乾いた心地よい音を立てて大地を鳴らしている。


 その音を聞いているだけで、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ルシ? どうかしたの? そんなに黙り込んで……どこか痛む?」


 リーフが心配そうに顔を覗き込んできた。


 彼女の瞳には、かつての器としての虚無など微塵もなく、一人の女性としての瑞々しい生命力が宿っている。


「いや……少し、昔のことを思い出していただけだ。

 雨の日に、一人で荷物をまとめていた自分に、今の景色を見せてやりたいと思ってな」


 俺は自嘲気味に、けれど晴れやかに笑い、空を見上げた。


 今の俺には、世界を支配する新しい神として君臨する権利も、全知全能の力を行使する権限もあった。


 だが、俺はそのすべてを仕組みとして世界に預け、自分はただの魔導師……いや、ただのルシ=ファーレンとして生きる道を選んだ。


 特別な誰かになる必要はない。


 ただ、大切な人たちと共に、今日を生き、明日を憂い、腹を空かせて眠る。


 それこそが、俺が最も求めていた世界の正常化だった。


「さて……」


 俺は大きく伸びをして、固まった身体を解きほぐすように肩を回した。


 骨が鳴る音が、自分が神の部品ではなく、まだ生きた人間であることを実感させる。


「宮廷を追い出されてから今日まで、一度も休んでなかったからな。


 世界樹の保守点検も、神殺しも、全部終わった。

 ……ここらで、溜まりに溜まった『有給休暇』を消化させてもらうか」


 その、あまりにも俺らしい、毒気のない軽口に、仲間たちから一斉に笑い声が上がった。


「有給休暇? 何言ってるのよ、ルシ。

 世界を丸ごと作り替えたんだから、一生遊んで暮らしてもお釣りが来ますわ!」


 アイリスが笑いながら俺の背中を力強く叩いた。


 その衝撃が、痛みと共にどこか誇らしかった。


「一生分、か。 ……悪くないな。

 まずはエリュシオンの街で、あの酒場の蜂蜜酒ミードでも飲むとするか。

 あそこの支配人には、また迷惑をかけるかもしれないしな」


 と言いつつ、俺は隣のリーフに相槌を打ち、彼女の手をそっと握った。


 一行はゆっくりと、けれど確かな足取りでエリュシオンの街へと歩き出す。


 黄金の翼はもうない。


 全知全能の権能も手放した。


 けれど、俺たちの足取りはどんな翼よりも軽く、自由だった。


 神のいない、けれど希望が呼吸する新しい世界の夜明け。


 ルシ=ファーレンの物語は、戦いの日々という稼働期間を終え、最も贅沢で、最も穏やかな、終わりのない休息の記録へと続いていく。


 眩い陽光が、俺たちの歩む道をどこまでも白く照らし出していた。

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