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14-8 アップグレード(次世代への移行)

 神の残滓を消し去り、大地の魔力を平らにならした修正アップデートは、あくまでも始まりに過ぎなかった。


 俺たちが成し遂げるべきは、その先だ。


 ただ元に戻すのではなく、二度とあのような悲劇を繰り返さないための、世界の根底からの進化アップグレード


 俺は、激しい戦いの余熱が残るエリュシオンの丘の上で、傍らに立つリーフを見つめた。


 かつて、北の山脈でシグルドの野望を挫く為、飛空艇でこの王都へと向かっていたあの夜。


 揺れる船内で俺が彼女に語った、当時はまだ夢物語だった構想。


 それを今、現実のものとする時が来た。


「リーフ、聞いてくれ。 俺は世界樹の『統治構造』を、その根っこから作り替えようと思っている」


 俺は虚空に指を滑らせ、魔導の光で編み上げた仮想ディスプレイを展開した。


 そこには、黄金に脈動する世界樹ユグドラシルの精密な設計図が浮かび上がる。


「二度と、シグルドのような『不当な侵入』を許さないために。

 そして、二度と君やネロ、エルフィのような存在が、誰かの道具にされないためにだ」


 投影された設計図を指差しながら、俺はこれまでの絶望の歴史を振り返る。


 世界樹の歴史は、悲しいかな、管理の怠慢の歴史でもあった。


 太古の先達たちが築いた、星を守るための堅牢な鍵や守護の術式。


 それを、後世の愚かな魔導師たちは『不便だから』『古臭くて理解できないから』という自分勝手な理由で、次々と無効化し、切り捨ててきた。


 その結果、世界樹の心臓部は、誰でも開けられる鍵の壊れた宝物庫も同然の無防備な姿に成り果てていたのだ。


「今のままじゃ、またいつか第二、第三のシグルドが現れる。

 ……だから、俺は世界樹の『コア』そのものに、何者も消し去ることのできない、鉄の掟を直接刻み込む」


 それは、魔導師としての俺が辿り着いた、究極の縛りだった。


 俺は、世界樹が機能するための最も深い階層に、強固な守護の回路を密接に結びつけた。


 もし、誰かがこの守護の掟を強引に剥がそうとすれば、世界樹ユグドラシルはその全機能を停止し、自ら枯死する。


「このセキュリティは、世界樹の命そのものと繋がっている。

 世界樹を止めることは、この世界の終わりを意味する。

 ……これなら、どんな権力者も安易に手出しはできないはずだ」


 世界を守るための仕組みを、世界の存続そのものと引き換えにする。


 あまりにも危うく、けれどこれ以上なく強固な拒絶の証明。


 そして、俺は最も大切な設定を、その術式の最上位に書き込んだ。


「そして、リーフ。 君やネロ、エルフィ、それに俺の存在を、この新しい世界の『最上位権限者アドミニストレータ』として定義し直すんだ。


 俺も含めて君たちはもう、神に捧げられる生贄でも、世界を動かすための部品でもない」


 俺は、リーフの瞳を真っ直ぐに見つめ、一文字ずつ噛み締めるように告げた。


「俺と君たちは、システムそのものを守護し、自らの足で歩む、独立した管理者になるんだ。 ……俺と一緒に、この世界を見守ってくれないか」


「……私が、管理者? ただ守られるだけじゃなくて、あなたと一緒に、世界を……」


 リーフの琥珀色の瞳が、驚きと戸惑い、そして深い決意に揺れる。


 それは、ただの失敗作として虐げられてきた彼女の魂が、自らの意志で世界を支える完成形へと書き換わる、奇跡の瞬間だった。


 俺の構想は、彼女との対話を経てさらに加速し、より精密な形へと磨き上げられていく。


 核の補助回路には、傷ついても自ら癒える自己修復機能を。


 そして、何よりも重要な権限の隔離を施した。


「これからの魔導師たちは、もう世界樹の『本流』には触れさせない。

 彼らが術式を組むのは、本物とは隔離された、いわば『鏡の中の世界』に限定する。

 彼らがどれほどデタラメな理屈を振りかざそうと、それは鏡の中だけで完結し、本物の世界樹……君たちを傷つけることは二度とない」


 魔導師たちの傲慢さを技術的に封じ込め、世界樹を一部の権力者の手から完全に解放する。


 これならば、シグルドがネロに対して行ったような強引な人格の書き換えも、物理的な暴行による強制起動も、すべて仕組みのレベルで無効化し、跳ね返すことができる。


「……これなら、君との誓約も、ネロへの約束も、すべて果たせるはずだ。

 俺たちは、もう二度と使い捨ての道具になんてならない。

 ……誰にも、させない」


 さらに、俺が構築した分散ネットワークが、世界の恒常的なインフラとして定着していく。


 それは、たった一人の管理者が全権を握る古い体制の終わり。


 全生命が、自分たちの内にある微かな魔力を通じて、少しずつ世界を支え合う、みんなで持ち合う世界への移行だった。


 俺の右腕に刻まれた黄金の紋様が、空に浮かぶネットワークと共鳴し、眩い光を放つ。


 それはかつての呪縛の印ではない。


 この星に生きるすべての人々の生きたいという希望が、ルシという一人の設計者の手によって、不滅の形へと昇華された証だった。


「さあ、行こう。 ……俺たちが作った、新しい世界の夜明けだ」


 俺は仮想ディスプレイを閉じ、手を差し伸べた。


 リーフがその手をしっかりと握り返す。


 新しく生まれ変わったユグドラシルの枝葉が、風に吹かれてさざめいた。


 それは、神なき後に訪れた、初めての自由な呼吸の音だった。

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