14-1 港町の負荷分散
防戦一方だった。
七人の魂を一本の鎖で繋ぎ、神の一撃を分散して受け流す。
それは確かに不可能を可能にした奇跡ではあったが、勝利への決定打には程遠い。
空を埋め尽くす旧き理の化身は、その数多の瞳に嘲笑の光を宿し、次なる絶滅の法を編み上げている。
対する俺たちは、ただ一点に踏み止まり、嵐の中の灯火のように耐え凌ぐのが精一杯だった。
(……このままじゃ、ジリ貧だ。
守り切るだけじゃ、この『理』を上書きする出力は生み出せない……!)
肺腑を焼くような熱い息を吐き出す。右腕の回路が、仲間の魔力を受けて激しく明滅していた。
七人の絆という点の繋がりだけでは、世界樹という巨大な面に対抗するには限界がある。
俺たちに必要なのは、より広大で、より強靭な――この大地そのものから汲み上げる、圧倒的な魔力の供給源だった。
「ルシ、何か策があるのね……!?」
俺を支えるリーフが、俺の視線の先にあるものに気づき、声を上げる。
俺が見据えていたのは、ここから遥か眼下に広がる港町、エリュシオンの街並みだった。
つい先刻、俺が命を懸けて修理し、暴走から救ったあの魔力集積所。
あそこには、街中の魔力を束ね、循環させるための巨大な術式が眠っている。
「……賭けに出る。 みんな、俺の意識を『外』へ飛ばす間、この場所を死守してくれ!」
俺は叫ぶと同時に、自身の精神を魔力回路へと直接ダイレクトに流し込んだ。
目標は、エリュシオンの魔力集積所。
かつて、シグルドによって壊れた部品のように捨てられた俺が、初めて自分の意思で直したいと願い、救った場所。
視界が、一瞬で街の俯瞰へと切り替わる。
俺の意識は黄金の糸となって、街中に張り巡らされた魔力伝達路を駆け抜けた。
「届け……っ! 繋がれ……ッ!!」
ルシの意識が、エリュシオンの街に設置された無数の魔導ランプへと流れ込む。
夜の帳が降りようとしていた街で、ランプが一斉に、意志を持つかのように激しく明滅を始めた。
街の人々が、驚きと共に足を止める。
怯える子供、祈る老人、武器を手にする警備兵。
彼らが見上げたランプの光は、怯えを払拭するような、どこか懐かしく、そして凛とした、あの魔導師の気配を帯びていた。
「この光……まさか、あの時の魔導師様か!?」
「ああ、間違いない!
俺たちの街を、あの世界樹の眼(天罰の雷)から救ってくれた、あの御方だ!」
直感だった。
理論や理屈を超えて、民衆の心にルシという存在が刻まれていた。
かつて俺が払った献身が、今、時を超えて数千、数万の信頼という名の鍵となって、閉ざされていた心の門を開いていく。
「皆、聴いてくれ! 俺に、君たちの力を少しだけ貸してほしい!」
街中のランプが、スピーカーの代わりとなってルシの声を響かせる。
それは傲慢な支配者の命令ではない。
共に生きることを願う、一人の男の切実な願いだった。
「俺一人では、この空の絶望には届かない。
だが、君たちの『生きたい』という願いがあれば、理を書き換えることができる。
どうか……俺を、信じてくれ!」
一瞬の静寂。
そして、エリュシオンの街に、かつてない奇跡が起きた。
誰からともなく、街の人々が近くにある魔導具や、家庭用の小さな魔力集積器へと手をかざし始めたのだ。
パン屋の主人が、修理してもらったばかりの魔導窯に手を置く。
洗濯屋の娘が、大切に使っている魔導石を握りしめる。
その一つ一つは、神の力に比べれば、あまりにも小さく、ささやかな善意に過ぎない。
だが。
数千、数万と重なり合ったその、ささやかな力が、魔力集積所という巨大な中継器を介して、一筋の巨大な光の奔流へと変わった。
「うおおおおおおおおっ!!」
エリュシオンの街から、天を突くような黄金の光柱が立ち昇る。
それは、空で戦うルシの背中へと一直線に突き抜け、そこにあるはずのない、眩いばかりの黄金の翼を形作った。
翼の一枚一枚が、街の人々の想いの結晶だった。
ルシの背中を押し、冷え切った彼の魔力回路に、人の温もりという名の高純度なエネルギーを充填していく。
「な……なんだ、この力は……!?
ただの人間共に、これほどの純度の魔力が生み出せるはずがない!」
化身が、初めて狼狽の声を上げた。
神が定めた理において、民衆とは搾取されるだけの存在であり、自ら意志を持って神に抗う力など持たないはずだった。
ルシは、背中の翼が放つ熱に、震えるような感動を覚えていた。
かつて、魔導師団を追放された時、自分は誰にも必要とされていないと思っていた。
だが、今。
会ったこともない多くの人々が、自分の名前も知らないかもしれない人々が、ただ、あの魔導師を助けたいという一心で、自分を支えてくれている。
「……感じる。 街の……みんなの鼓動を」
ルシの背後の翼が大きく羽ばたき、神の放った闇の霧を力強く振り払う。
出力は、当初の予測を遥かに上回っていた。
エリュシオン全域の魔力が、ルシという演算機を介して、世界を書き換えるための聖なる力へと変換されていく。
しかし。
それでも、ルシの瞳には厳しさが残っていた。
黄金の翼を羽ばたかせ、化身の次なる攻撃を相殺しながら、彼は現実を突きつけられていた。
エリュシオン全域の力を集めても。
この街のすべてを注ぎ込んでも。
目の前に君臨する世界樹ユグドラシルという、惑星そのものを管理する巨大なシステムを解体し、真のアップデートを完遂するには――まだ、絶対的なエネルギーが足りない。
(エリュシオンだけじゃない。 もっと、もっと広大な……この大陸すべて、いや、世界中のすべてのノードと繋がらなければ、この神殺しは成し遂げられない……!)
ルシは黄金の翼を輝かせながら、遥か北の空を、そして自分がかつて追放された王国の方角を見据えた。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
エリュシオンという最初の成功例を、いかにして全世界へと波及させるか。
ルシは、背中に宿る五千の善意を抱きしめながら、次なる絶望的な、けれど希望に満ちた接続へと想いを馳せるのだった。
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