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12-8 三次元地図の更新:西の果てへ

 ルシの手の中で、心の鍵が静かな、けれど力強い脈動を続けている。


 二つ目の断片を手に入れた安堵が広間を包み込んだのも束の間、それまで古の静寂に沈んでいた指令室の空気が、一変して震え始めた。


 壁一面に走る光の糸が、まるで血管に血が通ったかのように激しく明滅し、中枢演算機から重厚な駆動音が響き渡る。


 突如として、空間そのものが震えるような透き通った声が、天井から降り注いだ。


『――心の鍵の保有資格者として認定。


 ことわりの再構築手順、最終段階へ移行します。


 最後の断片、王国の最高権限たる理のことわりのかぎへの道標を示します』


 その声は、かつてこの場所を統治していた者たちの意志の残滓か。


 あるいは神殿そのものが秘める自律した防衛術式か。


 いずれにせよ、それは俺たちが真に資格を得たことを厳かに告げていた。


『……地図を掲げなさい。 古の盟約に従い、航路を更新します』


 俺は頷き、懐からあの三次元地図を取り出した。


 これまでは王国の周辺領域のみを断片的に映し出していた青白い光の立方体が、期待に震える俺の掌の上で淡く明滅する。


「行くぞ……。 これが、最後の道標だ」


 俺が地図を高く掲げた瞬間、心の鍵を収めていた中央の円柱装置から、極限まで収束された白銀の光条が放たれた。


 光の矢は正確に三次元地図の中央へと吸い込まれ、二つの魔導器が強烈な共鳴を引き起こす。


「地図が……書き換わっていくわ!」


 リーフが声を上げ、エルフィとネロも身を乗り出して光の奔流を見つめた。


 三次元地図の内部で、無数の光の粒が新たなロジックを構成していく。


 これまで空白であった王国の西側――霧に閉ざされていた未踏の領域が、猛烈な勢いで、そして懐かしい記憶のままの色彩で描画され始めた。


 険しい山脈から南西へ、凶悪な魔物が跋扈する荒野を抜け、やがて視界が開けた先に、紺碧の海が見えてくる。


 地図が安定し、そこに一つの座標が鮮明に刻まれた瞬間、一行の間に衝撃が走った。


「……ここは。 銀鱗の港、エリュシオン……!」


 俺の呟きに、メギストス師父が深く頷き、眼鏡の奥の瞳を細めた。


「ふむ……。 わしとバナードが世を忍び、隠遁しておったあの地か。

 まさか、灯台下暗しとはこのことじゃな」


「へっ、笑わせやがる。

 散々探し回った挙句、結局は俺たちの庭に戻れってことかよ!」


 バナード師匠が豪快に笑い、大剣の柄を力強く叩く。


 三次元の光景の中に浮かび上がったのは、潮風に洗われた美しい港町と、その背後にそびえ立つ峻険な断崖絶壁。


 そこには、かつて師父が建て、追放された俺が暮らした絶壁の上のログハウスが、記憶のままの姿で映し出されていた。


 アイリスは、その立体映像を食い入るように見つめ、小さく肩を震わせた。


「……あの荒野を、皆に庇われながら命からがら辿り着いた時のことを思い出しますわ。

 特務部隊の中で、私一人だけが……あそこに辿り着き、ルシ殿と衝突し、そして王国という名の『虚飾の正義』から、ルシ殿とリーフ殿に救い出されたの。

 あそこは、私にとっての再起の地でもありますわ」


 彼女が血と泥にまみれ、それでも信念を捨てずに潮風亭の扉を叩いたあの日。


 俺たちはエリュシオンの地下神殿で、互いの剣と魔法を認め合い、真のチームになった。


 エリュシオンは、すべてを失い追放された俺に、リーフが黄金色の蜂蜜酒ミードを飲ませてくれた場所。


 バラバラだった俺たちの運命が、一つの大きな流れへと合流した拠点なのだ。


「最後の鍵が、俺たちの『第二の故郷』ともいえる場所に眠っている……。

 皮肉なもんだが、これ以上の場所はないな」


 俺は解析眼を凝らし、座標の深層を読み取る。


 最後の一片、理の鍵。


 それが、俺たちのよく知るエリュシオンの、さらに奥深く、誰も知らぬ領域に隠されているのだ。


「『潮風亭』か。 まだ残っていれば良いのだけれど……。

 マスター達、自律型魔導式に任せてきたから大丈夫だと思うけれど、私、何度も世界樹の不具合で消えそうになったから、ちょっと心配ね」


 リーフが、どこか懐かしむように、けれどその紺碧色の瞳には一抹の不安を宿して言った。


「それにしても、まさか自分たちの町が世界の運命を握っていたなんてね」


「エリュシオン……。 皆さんが集まった、大切な場所。

 ……私やネロが、お邪魔してもいいのかしら?」


 エルフィがネロの手を引き、期待と少しの遠慮が混じった瞳を輝かせる。


 俺は彼女の目線に合わせて微笑んだ。


「もちろんだ。 あそこはどこの国にも属さない、自由な港町だ。

 どんな過去を持っていようと受け入れる、海のような懐の深さがある。

 エルフィもネロも、きっと歓迎されるさ」


「まあ、それは楽しみですわ。 ね、ネロ」


 ネロもまた、新たな目的地をじっと見つめ、静かに、けれど強く頷いた。


 三次元地図の光が収まり、再び穏やかな青い輝きへと戻った。


 俺は地図を慎重に畳み、大切に懐に収める。


 手のひらには心の鍵が放っていた温かさと、かつてエリュシオンの潮風の中で誓った不屈の決意が、再び熱を持って宿っていた。


「決まりだ。 俺たちの帰るべき場所であり、最後の戦場。

 西の最果て、銀鱗の港エリュシオンへ向かう!」


 俺達が指令室をでると灯りがゆっくりと落ち、俺たちの背後で扉が静かに閉まっていく。


 俺の手には二つの鍵があり、背中にはあの日エリュシオンで結ばれた、最高の仲間たちがいる。


 二つの鍵を携え、一行は今、すべての因縁に決着をつけるため、「はじまりの地」への帰路についた。

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