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12-7 入手、第二の断片:心の鍵

 ネロの認証が完了した瞬間、円柱状の装置が重々しく左右に割れ、そこから溢れ出したのは、この世のものとは思えないほど眩い光だった。


 それは黄金色に輝き、春の陽光を煮詰めたような圧倒的な温かさを伴っていた。


 光は指令室の冷たい金属壁を透過し、俺たちの全身を、さらには魂の深層までをも優しく包み込んでいく。


 その光に触れた瞬間、胸の中にあった棘が消えていくのを感じた。


 エルフィは、うっとりと瞳を細め、ネロの隣で幸せそうに微笑んでいる。


「……なんて暖かい光なの。 まるで、お母様の腕の中にいるみたい。 ねえ、ネロ」


「うん、そうだねエルフィ。 すごく安心する。

 悲しいことなんて、もう何も思い出せないくらいに……」


 ネロの表情からも、これまでの険しさが消え、幼子のような無垢な静謐さが広がっていく。


 俺もまた、その甘美な誘惑に身を委ねそうになった。


 この光の中にいれば、シグルドへの煮え繰り返るような怒りも、かつてアイズベルク家がエルフィたち子供に行った、筆舌に尽くしがたい非道な実験への義憤も、すべては些細な、遠い過去の霧のように思えてくる。


 憎しみから解放され、すべてを許し、ただこの安寧の中に溶けてしまいたい。


 思考が白濁し、ことわりを刻む俺の魂が、均質な無へと塗り潰されようとしていた。


『――駄目だ!』


 魂の最深部で、野生の叫びが上がった。


 この怒りを捨て去ったら、俺は……俺は本当に、人間でなくなってしまう。


 怒りも、憎しみも、悲しみも。


 それらは俺たちが過ちを繰り返さないための道標であり、大切な誰かを傷つけられた痛みから生まれる愛の裏返しだ。


 負の感情を消し去るということは、すなわち、その根底にある愛着さえも失うことに他ならない。


 すべてを溶かす光は、個を消し去り、俺をただの感情のない魔術式へと作り替えようとしている。


「違う、これはダミーだ! 本物の心のキーじゃない!

 これは、俺たちから『心』を奪うための、ただの忘却の光だ!」


 俺は喉が裂けんばかりに絶叫した。


 その声が、呆けたように光を見つめていた仲間の意識を、一瞬だけ現世へと引き戻す。


 だが、光の圧力は凄まじく、彼らの瞳は再び焦点が合わなくなり、虚空へと吸い込まれそうになる。


 俺は一歩踏み出し、彼らの魂に直接叩きつけるように言葉を重ねた。


「怒りを忘れるな! 確かに、慈愛に満ちた暖かい心は尊い。

 だが、怒りや悲しみという『負の感情』も、俺たちの心を形作る欠かせない欠片なんだ!

 綺麗事だけじゃない、泥臭い想いも含めて、そのバランスが釣り合ってこそ、人は人でいられるんじゃないか!」


 それはもはや、祈りに近い咆哮だった。


 俺の声に呼応するように、仲間の瞳に、かつて共に戦い、傷つき、笑い合った「個」の輝きが戻り始める。


「そうね、ルシ。

 この痛みを忘れてしまったら……私は、あなたと出会うきっかけになった、あの孤独な夜の自分さえも裏切ることになる。

 ……不完全な心こそが、私たちの誇りよ!」


 リーフが強く足を踏み出し、魔力を込めた声で叫んだ。


「ふむ……。

 老い先短い身としては、安らかな忘却は甘い蜜のようじゃ。

 じゃが、過去の悔恨を捨ててしまえば、わしが千年間紡いできた知恵は、ただの空虚な文字へと成り下がる。

 ……痛みこそが、わしを賢者たらしめるのじゃ」


 メギストス師父が、杖を力強く石床に突き立てた。


「あわや、ただの木偶人形になるところだったぜ。

 俺の剣は、死んでいった奴らへの弔いの怒りで磨かれてきた。

 それを捨てろってんなら、この神殿ごと叩き斬るまでだ!」


 バナード師匠が、大剣の柄を握り直し、光を睨みつける。


「私は……誇り高きローゼンフェルトの騎士ですわ!

 父を奪った者への憤り、己の無力さへの悔しさ。

 それらを抱えて前へ進むと決めたのですわ。

 ……安らぎだけの未来など、望みませんわ!」


 アイリスが聖剣を抜き放ち、その鋭い刃が光を切り裂いた。


「ルシ兄さんの言う通りだ。

 僕の中に残っているこの『痛み』は、僕が人間になろうとした証なんだ。

 ……たとえ苦しくても、僕は僕でいたい!」


 ネロが、かつての刻印があった右腕を高く掲げた。


「みんなと一緒にいたい。

 でも、あの子たちの寂しさも、私は忘れちゃいけないんです。

 ……光も影も、全部持って、私はエルフィとして生きたい!」


 エルフィが涙を拭い、紺碧の瞳で光の源を真っ直ぐに見据えた。


 その瞬間だった。


 指令室を満たしていた暖かな黄金色の光が、さらに一段と輝きを増し、そして一気に収束していった。


 光が引いた後、装置の中央に浮遊していたのは、先ほどまでの甘やかな輝きとは全く異なる矛盾した輝きを灯す結晶体だった。


 それは、太陽のような温かさと、凍てつく冬の夜のような厳格な冷たさを同時に宿し、不規則なリズムで鼓動していた。


 俺は、震える手を伸ばしてそれを手に取った。


 一瞬、解析眼でその術式構成を暴こうとしたが、俺はすぐにそれを止めた。


「……解析眼に頼っては駄目だ。 ことわりで視るんじゃない。

 心の眼で視るんだ」


 俺は瞳を閉じ、手のひらから伝わる情報の奔流を、魂で読み取っていく。


 そこには、世界樹の、すべての魂を育む母としての無限の慈愛と、過ちを許さず正しき道へ導こうとする父としての厳格さが、奇跡的な均衡で同居していた。


 歓喜、悲哀、憤怒、安寧。


 すべての感情を否定せず、その全てをエネルギーに変えて世界を巡らせる、魂の核。


「……間違いない。 これが、本物の『心の鍵』だ。 俺たちの魂が、これを本物だと告げている」


 俺が静かに断じると、仲間たちもそれぞれ晴れやかな顔で賛同の声を上げた。


「ええ。 この複雑な、けれど温かな響き……これこそが、命の源ね」


「ああ、こいつを手に持つと、自分が生きている実感が湧いてくるぜ」


「ルシ殿の叫びが、我らを繋ぎ止めてくれましたな。

 この鍵には、我らの心と同じ重みがある」


「さあ、お兄さま。 これで二つ目ですわ!」


 こうして、俺たちは数多の試練を乗り越え、世界樹修復のための二つ目の鍵、心の鍵をその手に収めた。


 指令室の静寂の中で、俺の掌にある結晶は、まるで俺たちの絆を祝福するように、優しく、そして力強く脈動し続けていた。

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