12-2 解析眼の限界
神殿の奥深くへと進むにつれ、外の猛吹雪の音は完全に遮断され、耳が痛くなるほどの静寂が辺りを包み込んでいった。
俺たちは、かつて狂気の王、シグルドが潜伏し、この世の終わりのような魔導儀式を行っていた玉座の間へと再び足を踏み入れた。
高い天井から吊るされた魔導灯が、ネロの接近を察知して青白い光を灯す。
広大な空間の奥に鎮座する巨石の玉座は、以前訪れた時と変わらず、冷酷な威容を誇っていた。
だが、そこにはもう、シグルドのどす黒い殺意も、血の匂いも残っていない。
ただ、歴史から切り離されたかのような虚無だけが漂っている。
「……さて。 ソラリスの意志が言うには、この場所に『二つ目の鍵』があるはずなんだが」
俺は精神を集中させ、両目に魔力を込めた。視界が急速に切り替わり、物質的な壁や床が透けて見える解析眼の領域へと潜り込んでいく。
俺は玉座の周囲を歩きながら、全方位の魔導構成を精査した。
壁の裏側に隠された微細な空洞、床下を通る複雑な魔力の導線、天井の装飾に紛れ込んだ隠し文字――。
かつての俺なら、それだけでこの遺跡のすべてを掌握したと自負していただろう。
だが、今回は違う。
どれほど視線を凝らし、約千八百京の術式を巡らせて空間を再構成してみても、肝心の鍵へと続く道筋が見えてこない。
「おかしいな……。 物理的な空間も、魔力の波長も、すべて正常だ。
異常な歪みも、不自然な断絶もない。
……つまり、解析眼に映る範囲内には、何も隠されていないということか?」
「ルシ、私の方も同じよ」
隣で同じく目を閉じていたリーフが、困惑したように目を開いた。
世界樹の娘である彼女は、植物の根が土壌を探るように、この神殿全体に自身の魔力を這わせていた。
「この神殿の隅々まで、私の意識を流し込んでみたわ。
地下の貯蔵庫から、屋上の観測塔まで……。
でも、どこにも『新しい部屋』や『隠された仕掛け』は見つからない。
……まるで、最初からそんなものは存在しないかのように」
世界樹の管理権限を持つリーフと、あらゆる理を暴く俺の解析眼。
この二人が揃って、何も見つからないと断じるのは、本来なら不可能なはずだった。
「世界樹の娘にすら見つけられないほどの、高度な秘匿術式がかけられているのか……。 それとも、俺たちの探し方が根本的に間違っているのか?」
俺は玉座の肘掛けに手を置き、冷たい石の感触を確かめた。
俺が得意とするのは、既存の理を解体し、構造を読み解くことだ。
そこにあるものを暴くことに関しては右に出る者はいない自負がある。
だが、今ぶつかっているのは、壁の向こうに部屋があるという論理そのものが消失しているような、奇妙な感覚だった。
「論理の限界、か……」
苦い溜息が漏れる。
計算が合わないのではない。
計算式そのものが、この場所には存在しないのだ。
バナード師匠やアイリスは、所在なげに周囲を警戒している。
メギストス師父もまた、古文書をめくりながら考え込んでいた。
「ルシ、無理をしないで。 一度、頭を冷やした方がいいわ」
リーフの労わりの声が、かえって自分の無力さを際立たせるようで、俺は唇を噛んだ。
解析眼は万能ではない。
どれほど解析眼を凝らし、魔導の血流を辿っても、玉座の間に広がるのは何も無いという冷徹な事実だけだった。
かつて狂王シグルドが座していたその玉座は、今やただの冷たい石の塊に過ぎない。
俺は額に滲む汗を拭い、苛立ちを抑えながら約千八百京の術式を再展開した。
視界を埋め尽くす光の羅列は、この空間の眼に見えない塵の構造まで暴き出しているはずなのに、二つ目の鍵へと繋がる回路はどこにも存在しなかった。
隣ではリーフが、蒼白な顔で膝をついている。
世界樹の娘としての権限を限界まで行使し、地脈の奥底まで意識を潜らせた彼女ですら、この神殿の底を見つけることができずにいた。
「……ルシ、だめよ。 ここには本当に、物理的な連続性は存在しないわ。
まるで、世界がここでぷつりと途切れているみたい……」
見えるものを信じる俺とリーフでは、これ以上、この神殿の深淵へと進むことはできない。
その事実が、重い鉄格子のようになって俺たちの前に立ちはだかっていた。
その時、沈黙を守っていた一行の中から、小さな足音が響いた。
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