12-1 凍てつく神殿、再び
飛空艇の窓の外は、すでに白銀の混沌に支配されていた。
極北の山脈。
そこは吹き荒れる猛吹雪によって、空と地の境界すら曖昧になった極寒の領域だ。
吹き付ける雪礫が飛空艇の魔導障壁を叩き、硬質な音を立てる。
厚い雲を突き抜け、エルフィの鮮やかな操縦によって高度を下げた先、かつて俺たちが死闘を演じた古代神殿の全貌が姿を現した。
千年の時を超えてなお、その威容を保ち続ける巨石の建造物は、冷たい沈黙を纏い、侵入者を拒むように吹雪の中に聳え立っている。
飛空艇が神殿前の広場に着陸しようとした瞬間、遺跡の各所に設置された魔導防衛機構が反応した。
「――っ、来るぞ!」
バナード師匠が反射的に剣の柄を掴む。
無理もない。
俺たちが乗っているのは、この神殿を作った王国にとっての宿敵――ソラリスの飛空艇だ。
神殿の防衛回路からすれば、空から降りてくる白銀の翼は即刻排除すべき敵の襲撃に他ならない。
石像の瞳が赤く発光し、大気を焦がすほど高密度の魔導光が、飛空艇の舳先に狙いを定めた。
「待ってください! 僕が行きます!」
ネロが叫ぶなり、ハッチを蹴って外へと飛び出した。
凍てつく暴風の中、ネロは魔力の翼を広げて空中に静止すると、正面の防衛機構に向けて自身の右腕――刻印の刻まれた掌を翳した。
「……ネロ・シリーズ、固体識別『ネロ』。 ただいま帰還しました!」
ネロの声が、魔導の波長となって神殿全体の理へと伝播していく。
一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れた。
赤く燃えていた石像の瞳の光が、戸惑うように明滅し、やがて穏やかな青色へと変化していく。
『――個体識別、ネロ・シリーズ。 管理者権限の照合に成功……』
遺跡の深淵から響いてくるのは、感情を排した無機質な、だが確かな受容を示す理の声だった。
『歓迎します、ネロ。 帰還を確認しました。 長きにわたる作戦行動、ご苦労様です。
直ちに補給を済ませ、所定の座標にて待機を。
……して、そちらの捕獲した敵国飛空艇はどう処理されますか?』
防衛機構は、俺たちの乗る飛空艇をネロが奪取した戦利品と判断したらしい。
ネロは一瞬だけ俺たちの顔を見て、わずかに声を震わせながら答えた。
「……補給を頼む。 この船はまだ、使い道があるんだ」
『承知いたしました。 飛空艇への魔導力の充填を開始。 停泊を許可します』
次の瞬間、神殿の広場を覆っていた猛烈な防衛圧力が、霧が晴れるように霧散した。
牙を剥いていた石像たちは元の姿勢へと戻り、巨大な石門が重々しい音を立ててゆっくりと開かれていく。
かつて俺たちが訪れた時は、一歩進むごとに命を懸けた罠やゴーレムの襲撃を退けなければならなかった。
だが今回は、ネロという主が先頭に立つことで、遺跡全体がまるで主を迎え入れる献身的な従者のように、静まり返っている。
飛空艇を降り、神殿の内部へと足を踏み入れる俺たち。
そこには、俺の解析眼ですら読み取れないほどの膨大な歓迎の理が満ちていた。
松明に自動的に魔導の火が灯り、埃一つない回廊が奥へと続いている。
「……信じられないな。 あの時はあんなに苦労したっていうのに」
アイリスが剣を鞘に納め、呆然と周囲を見渡す。
だが、その静寂は、かつての戦場だった頃よりもずっと不気味に感じられた。
ネロは一人、黙ったまま前を歩く。
歓迎されているはずの彼の背中は、どこか寂しげで、重い。
神殿の理が語りかけてくる、ご苦労様という言葉の一つ一つが、彼にとっては兵器としての過去を突きつける刃のように聞こえているのかもしれない。
しん、と冷え切った空気。
外の吹雪の音すら届かない完全な沈黙が、回廊を支配している。
俺たちは、自分たちの足音だけが空虚に響く中、かつては辿り着くことすらできなかった神殿の更なる深淵へと、足を踏み入れていった。
「……行こう。 この静寂の先に、俺たちの求める答えがあるはずだ」
俺はネロの肩にそっと手を置き、歩き出した。
凍てつく神殿の再訪。
それは、過去を清算するための、静かなる戦いの始まりだった。
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